「証人、誰に頼もうか」婚姻届の証人欄を記入してくれた義母。だが、義父の一言に残った違和感の正体
証人欄の話から始まった連休の朝
連休に入った朝、リビングのテーブルには婚姻届が広げられていた。
私と婚約者は、本人欄を埋め終えたところだった。
「証人、誰に頼もうか」
残るふたつの欄を見つめて、ふたりで考えた。
婚約者は少し迷ってから、自分の母親と、長く付き合いのある親友の名前を挙げた。
私もうなずいた。
ただ、連休のさなかに義実家まで足を運ぶのは申し訳ない。
私はそう伝えて、近所のスーパーへ買い物に行くだけのつもりで、彼の車に乗り込んだ。
住宅街の見慣れた角を抜けたあと、車は何も言わずに別の道へと折れた。
「ちょっと顔だけ出していこうか」
運転席の婚約者がさらりと言った。
気づいたときには、車は義実家の駐車スペースに収まっていた。
仕事を抜けて駆けつけてくれた義母は、いつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。
「せっかくだから書いておくね」と、テーブルに婚姻届を広げて署名してくれる。
その手際のよさに、こちらが事前に頼んでいたかのような錯覚すら覚えた。
受話器越しに走った冷たい風
署名を済ませた義母は、ふと思いついたようにスマホを取り出した。
「お父さんにも報告しておかないとね」
仕事中の義父にかけた電話。最初は明るい声でやりとりが続いていた。
義母がふいにスマホを差し出してくる。
「ちょっと出てね」
受け取った瞬間、空気がぐっと冷たくなった。
「うちの家のことは、ちゃんと分かっとるんやろうな」
義父の声は低く、こちらの相づちを待つ気配がなかった。
長男の嫁としての姿勢、家の格、これからの付き合い方。
私の口を挟む間もなく、言葉だけが受話器を伝ってきた。
頷きながら横を見る。
婚約者はソファに沈み、スマホの画面に視線を落としていた。指は休まず動き、こちらに目線をくれる気配はない。
電話を切ったあとも、彼は何も言わなかった。義母の前で何度か頭を下げて、私たちは早々に車に戻った。
帰路の車内、ハンドルを握る彼の横顔は無表情だった。
「ねえ、なんで連れてきたの」
絞り出した声に、彼は前を見たまま「ごめん」とだけつぶやいた。
アパートに戻った私は、自分のための味噌炒めと、彼のために三割引きのハンバーグを別々に皿に盛った。
食卓を挟み、彼はやはりスマホばかり見つめていた。
怒鳴られたわけでも、罵られたわけでもない。
けれど、隣に座る人が一番遠く感じた夜だった。
その夜、私は和室に布団を敷いた。テーブルに置いたままの婚姻届を見つめると、書きかけの証人欄の文字がじわりと滲んで見えた。
結婚というものを、こんなに静かに怖いと思った夜は初めてだった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














