「咳するな、俺にうつすなよ」妻に冷たく言う夫。だが、妻が仮病を武器に寝込んだ結果
高熱の枕元での催促
三十九度近い熱で、私はベッドから起き上がれずにいた。
そんな私の枕元に立って、夫は言い放った。
「腹減った、飯まだ?」
その声には、私の体調を気づかう響きはひとかけらもなかった。夫は昔から「家事は妻の仕事」と信じて疑わない人だった。
共働きだった時期も、家のことはすべて私の担当。熱で寝込む妻より自分の空腹が優先される毎日に、心の底ではずっと澱がたまっていた。
「悪いけど、今日は無理そう」
私が絞り出すように言っても、夫は納得しない。
「熱くらいで大げさだな。飯くらい作れるだろ」
私はため息をつきながら、この人のもう一つの口癖を思い出していた。
口癖が生んだ抜け道
私が風邪で咳をしていると、夫は決まって顔をしかめる。
「咳するな、俺にうつすなよ」
そう言って、咳の出る日は私を寝室に追いやり、その間だけは不思議と家事を求めてこない。菌をうつされるのが怖いのだ。
熱だけなら容赦なくこき使うのに、咳ひとつで態度が一変する。普段は「大げさだ」と鼻で笑うくせに、こと感染となると人一倍おびえるのだ。
その落差が、今日はやけに頼もしく見えた。それならと、私は喉の奥からわざと乾いた咳を鳴らしてみせた。
「ゴホッ、ゴホッ」
夫の眉が跳ね上がった。
「おい、その咳……」
案の定、夫の顔から血の気が引いていく。数秒前まで飯を催促していた口が、今度はぴたりと閉じた。
「うつすといけないでしょ」
「じゃあ寝てます」
布団から見た逆転劇
夫は何も言い返せなかった。うつすなと命じてきたのは夫自身だからだ。
言葉を探すように口を動かし、やがて肩を落として台所へ向かう。その後ろ姿は、いつも威張っている人とは思えないほど小さく見えた。
それから数日、私は仮病の咳を武器に布団へこもった。夫は慣れない手つきで料理を焦がし、洗濯物を山にしていく。
「なあ、これどうやって洗うんだ」
台所から聞こえる情けない声に、私は布団の中で小さく笑った。「洗剤の量は箱に書いてあるよ」とだけ返すと、夫は素直に「ああ、助かる」と答えた。あの高圧的な口調は、どこかへ消えていた。
熱が引くころ、夫はもう「飯まだ?」とは言わなくなっていた。かわりに「体、大丈夫か」と聞いてくる。咳ひとつで手に入れた、私なりのささやかな勝利だった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














