「鍵にも気分がありますから」退去者に返してもらった家の鍵。だが、鍵の本数に思わず絶句
机に並んだ、十七本の鍵
マンションの管理会社に勤めて、数年になります。
退去の立会いでは、これまで何百件と鍵を受け取ってきました。
けれど、あの日のことだけは、今も忘れられません。
相手は、そのマンションに数年住んでいた男性でした。
丁寧な言葉づかいの、穏やかな人です。玄関先で、彼は深く頭を下げました。
「本日はよろしくお願いします」
「お世話になりました。お部屋、確認させていただきますね」
部屋の確認を終え、最後に私は鍵の返却をお願いしました。
「では、お預けしていた鍵をお返しくださいね」
彼は鞄から布の袋を取り出し、机の上に中身を空けました。じゃらじゃらと、金属のぶつかる音が響きます。
並べられていくのは、いくつもの鍵でした。
一本、二本、五本、十本。まだ増えます。どの鍵も同じ形、同じ色で、見分けなどつきません。それでも彼は、一本ずつ間隔まで揃えて、几帳面に並べていきます。
私は数えながら、背中が少しずつ強張っていくのを感じました。最後の一本を置いて、彼は静かに言いました。
「これで全部です。数えてみてください」
机の上に並んだのは、十七本の合鍵でした。
渡していた鍵は、二本だけ
私が入居時にお渡ししていた鍵は、二本だけです。
元の鍵が一本、コピーが一本。それがどうして、十七本に増えているのでしょう。
合鍵を一本や二本作る人は、珍しくありません。けれど、十七本という数を、私は初めて見ました。指先が冷たくなるのを感じながら、私は尋ねます。
「こんなに、たくさん…どうして作られたんですか?」
彼は不思議そうな顔をして、少し首をかしげました。そして、まったく悪びれることなく、こう答えたのです。
「鍵にも気分がありますから」
その声には、ためらいも、冗談の気配もありませんでした。世間話でもするような、落ち着いた口ぶりです。
「朝の気分で、今日はこの鍵、と選んで出かけるんです。楽しいでしょう?」
「……はい」
「全部、この部屋の鍵ですよ。ほかの家のものは、一本もありません」
「……確かに、十七本、お預かりしました」
とっさに、そう返すだけで精一杯でした。同じ一つの部屋のために、十七本もの鍵を作り、日ごとに選び分ける。その几帳面さが、かえって恐ろしく思えたのです。
彼は満足そうに頭を下げて、去っていきました。鍵はすべて回収し、記録のうえでは何の問題もありません。それでも、几帳面に並んだ十七本と、あの穏やかな声だけは、今も私の耳の奥に残っています。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














