「庭に捨てて何が悪いんですか?」毎日ゴミを投げ込んだ通行人→ポイ捨てをやめさせた、住人の小さな抵抗とは
庭に降り積もる他人のゴミ
県道沿いのわが家は、駅へ向かう歩道にぴたりと面している。
毎朝、通勤や通学の人が家の前をひっきりなしに通っていく。
ある頃から、菓子パンをほおばりながら歩く一人の男性が目につくようになった。
そして不思議なことに、その人を見かけ始めた時期と重なるように、庭にゴミが落ちるようになったのだ。
決まって見つかるのは、菓子パンの空き袋と、缶ビールの空き缶。
朝、庭に出るたびにそれを拾うのが、いつしか私の日課になってしまった。
あるとき、家の前でその男性が立ち止まっているのを見かけ、思い切って声をかけたことがある。
庭のゴミについて、やんわりと尋ねてみたのだ。すると彼は、悪びれもせずこう言い放った。
「庭に捨てて何が悪いんですか?」
悪いに決まっている。けれど決定的な証拠はなく、私はそれ以上何も言えなかった。
彼は鼻を鳴らし、袋を握ったまま去っていった。
結局、証拠がないというだけで、こちらが泣き寝入りするしかないのだろうか。
片付けても片付けてもきりがなく、私の中で小さな怒りだけが、静かに溜まっていった。
何も言わず、ただ見つめた朝
それからも、庭のゴミはなくならなかった。
拾っては捨て、また拾う。
片付けるたびに、じわじわとストレスが積もっていく。
ある朝のことだった。
カーテンを開けると、またあの男性が家の前の歩道に立ち、菓子パンを食べ終えたところだった。
手には丸めた空き袋。今にもこちらへ放り込みそうな気配だった。
私は、今度は何も言わなかった。
ただ、窓越しにその人をじっと見つめた。
言葉の代わりに、視線だけをまっすぐ向けたのだ。気づけば、睨むような目つきになっていたと思う。
男性はふと顔を上げ、私と目が合った。数秒間、確かに視線が交わった。
彼はさっと目を伏せ、袋を握りしめたまま、逃げるように足早に去っていった。
(もう、気づいていますよ)
声に出さなくても、その気持ちは伝わったのだと思う。
あの一瞬、彼はきっと悟ったのだ。自分の行いは、ちゃんと誰かに見られていたのだと。後ろめたさこそが、何よりの抑止力になるのかもしれない。
翌朝、私はおそるおそる庭を確かめた。芝生の上には、ゴミひとつ落ちていなかった。次の日も、そのまた次の日も、庭が汚されることは二度となかった。
偶然かもしれない。それでも、毎朝の憂うつから解放されて、私は心底ほっとした。強い言葉よりも、まっすぐ向けた一つの視線のほうが、時に相手にきちんと届くのだと知った朝だった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














