「話しかけられるのが嫌なのかな」2年間あいさつを返さなかった下の階の青年。エレベーターを避けていた私が、翌日乗り込めた理由
あいさつするのが、こわくなった
ひとり暮らしの私にとって、マンションのエレベーターで交わすあいさつは、ちょっとした日常の会話だった。
ただ一人、下の階に住む20代くらいの青年だけは違った。いつも視線を落としていて、私が「おはようございます」「こんにちは」と声をかけても、顔を上げることはなかった。
最初は聞こえなかったのだろうと思っていた。けれど一年がたち、2年がたっても、一度も返事はない。
そのうち私は、「もしかして、話しかけられるのが嫌なのかな」と考えるようになった。
青年が先に乗っているのを見ると、エレベーターを1本見送ることさえあった。
ある朝、ホールで同じ階の奥さんと話していると、ふいに聞かれた。
「最近、1本あとのに乗ってることあるよね。どうしたの?」
私は少し迷ってから答えた。
「下の階の若い人、いるでしょう。私、2年くらいあいさつしてるんだけど、一度も返ってきたことがなくて」
「ああ、いつもうつむいてる子?」
「そう。嫌がられてるのかなって思ったら、なんとなく一緒に乗りづらくなっちゃって」
口にしてみると、自分でも気にしすぎなのかもしれないと思った。
それでも、そのころの私は青年と顔を合わせるたびに身構えていた。
初めて聞いた声
年の瀬の夕方、両手に買い物袋を提げてエレベーターに乗ろうとすると、先にあの青年がいた。
引き返す間もなく扉が閉まり、私は黙って袋を抱え直した。
その瞬間、買い物袋の底が破れた。
品が床にばらばらと転がり、青年の靴元まで広がった。
「あっ、ごめんなさい」
私が慌ててしゃがもうとすると、青年のほうが先に腰を落とした。転がった品を一つずつ拾い、破れた袋の底を支えてくれた。
「これ、このままだと持てないですよね。僕が持ちます」
初めて聞いた青年の声に、私は一瞬返事が遅れた。
「え…あ、ありがとう。でも悪いわ」
すると青年は耳に手をやり、イヤホンを両方とも外した。
私は思わず青年の顔を見た。
避けられていると思い込んでいたけれど、少なくとも私が考えていたような理由ではなかったらしい。
「拾ってくれてありがとう」
青年は少しだけ笑って、「いえ」と頭を下げた。
翌日の昼、エレベーターの扉が開くと、また青年が乗っていた。
一瞬だけ足が止まった私を見て、青年はイヤホンを外した。そして今度は向こうから、小さく頭を下げた。
「こんにちは」
私は思わず笑って、「こんにちは」と返した。
もう、1本あとのエレベーターを待つ必要はなかった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた60代以上女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














