「もう無理、ついていけない」お盆も葬式も全部押しつけられた長男嫁→過疎田舎の檀家とついに縁を切った決意
縁側で麦茶を飲む義姉夫婦と、墓を磨く私たち
結婚3年目のお盆。30代の私は、夫の実家がある山あいの集落に来ていた。
夫は4人兄弟の長男。実家は地元の寺の檀家で、葬式や法事のたびに動くのが「長男夫婦の役目」と決まっている家だった。
その日は朝から猛烈に暑く、地面から陽炎が立ち上っていた。
私と夫は、本家の裏山にある墓地で雑草を抜いていた。墓石の表面は手のひらが焼けるほど熱い。
顔を上げて本家の縁側を見ると、義姉夫婦と次男夫婦が扇風機の風に当たりながら笑っていた。
麦茶のグラスを傾け、スイカの皿が回っている。
「飲み物くらい、誰か持ってきてくれてもよさそうなのに」と夫が呟いた。
私は何も答えなかった。返事をすると、その通りなのだと認めることになる気がしたから。
30分、1時間と過ぎていく。誰も裏山には来ない。
麦茶どころか、声をかけにすら来ない。
長男嫁として嫁いだ日からの3年間が、汗と一緒に背中を流れていく感覚があった。
3年積もった気持ちが言葉になった夜
3年の間に積み上がったことは、墓掃除の比ではない。
夫の祖父の葬式では、私は朝6時から本家の台所に立ち、料理と茶出しをほぼ一人でこなした。義姉も次男の妻も、お膳の運び方を教わろうとすらしない。
義母に皿の場所を尋ねれば「長男の嫁なんだから当たり前でしょ」と笑顔で返ってくる。
葬式費用も「長男なんだから多めに」と夫が払う。寺との打ち合わせも、香典返しの手配も、毎回夫の役。
お盆の帰省日は、毎年義姉夫婦の都合だけで決まる。私たちの仕事の繁忙期も、子供の予定も、聞かれたことがない。
「決まったから来てね」それが連絡の全文だった。
その夜、宿の窓から月を見ながら、私は夫の隣で口を開いた。
「もう無理、ついていけない」
夫は黙って深く息を吐いた。子供のころからこの家に縛られてきた人だ。私の限界より、彼の限界の方が、本当はずっと前に来ていたのかもしれない。
「君がそう言ってくれて、ほっとした」
夫は静かにそう答えた。
翌朝、二人で義実家の門前に立った。私たちはこれから、この家とは個人としての関わりに限ること、行事の主導はもう担わないことを伝えた。
義母は何か言いかけて、結局言葉を呑み込んだ。
玄関を出て車に乗り込む瞬間、夏の風が首筋を撫でた。葬式の朝の冷たい台所も、焼けた墓石も、もう私たちの予定表にはない。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














