「早く退院したい」入院していた母が漏らした言葉。だが、年末に叔父が放った言葉に頭を抱えた
病室から実家の斜め向かいへ、繰り返される電話
母が病院のベッドに横たわっているとき、ナースコールの押しボタンの隣には、いつも自分のスマホが置かれていました。
東北で暮らす母は、ステージ4の癌と、治療と、入退院の繰り返しの中にいます。
父はすでに介護施設で別々の暮らし。
関東に住む息子の私は、病院から呼ばれるたびに新幹線に乗って帰省するしかありません。
その日々の中で、母が何度もかけていた電話の相手が、実家の斜め向かいに住む実弟でした。
つまり、私の叔父です。
「早く退院したい」
母は、痛みのある病室から弟に向かって、何度もそう繰り返していたそうです。
母にとって、退院は「家に帰る」という、ただそれだけのこと。
受話器を握る指の力で、母がどれほどそれを願っているかが伝わってきます。
叔父はその懇願を受け取りながらも、私に直接、母の様子を細かく伝えてくることはありませんでした。
年末の退院が決まったあと、夜にかかってきた怒鳴り声
年末が近づいたある日。
主治医から、母の容態が落ち着いてきたので年末年始は退院して自宅で過ごしてもらえる、という方針を聞かされました。
母にとっては、何度も電話で願ってきた帰宅。
私は関東の自宅で、せめて新年は実家のこたつで一緒にミカンを剥こうと、心の中で支度を始めていました。
その夜、机の上のスマホが鳴り、画面に表示されたのは、斜め向かいの叔父の名前。
嫌な予感はありませんでした。
「もしもし」と出た直後、受話器の向こうからいきなり大きな声が飛んできたのです。
「正月になんか退院させるな!」
耳元の音圧に、私は思わず受話器を少し離しました。
母の本人の希望でも、主治医の判断でもなく、近くに住む弟の都合の話だ、そう気づくのに、そう時間はかかりませんでした。
退院して斜め向かいに戻ってくれば、買い物、声かけ、通院の付き添い、何かが起きたときの一報。
そういう「日常の小さな世話」が、近所に住む自分の肩にかかってくる。
叔父はそれを避けたかったのだと思います。
遠方にいる息子の私が駆けつけられるのは、せいぜい週末や緊急時だけ。
普段は地元に住む人の手が必要なのは、確かにその通りなのです。
けれど、相手は実の姉。
「早く退院したい」と、何度も自分に電話をかけてきた、たった一人の姉です。
あの夜以来、私の頭の中では、母が握りしめていた病室のスマホと、叔父の怒鳴り声が、繰り返し並んで再生されています。
母の退院の願いと、弟の都合。
家族の中で、本当はどちらの声を先に聞いてあげるべきだったのか。
その答えは、いまも私の中で静かに渦を巻いたまま、はっきりとした輪郭を結ばずにいるのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














