「今日はその話、やめておかない?」通夜の広間で伯母が静かに止めた、親族の相談とは
長机に湯呑みが並んだ、二階の広間
叔父の通夜に出たときのことです。
会館は駅からバスで十分ほどのところにあり、親族だけが二階の広間へ通されました。
畳の上には長机が三本並び、湯呑みが人数ぶん置かれていました。
私は入口から二番目の席に座っていました。窓の外はもう暗く、階下からは受付の人の声が小さく聞こえてきます。
誰も大きな声を出さず、ぽつぽつと話すだけの時間が続いていました。
叔父の長女にあたるいとこは、長机の真ん中あたりに座っていました。
膝の上でハンカチを畳み直していたのですが、しばらくして顔を上げます。
「ねえ…これからのこと、今のうちに決めておこうよ。せっかくみんな揃ってるんだし」
それまで小さく続いていた話し声が、少しずつ途切れました。
向かいにいた従兄が湯呑みに手を伸ばしかけ、そのまま止めます。
「今じゃなくてもいいんじゃないか。今日は…そういう話をする日じゃないだろ」
強い言い方ではありませんでしたが、困ったような声でした。
いとこもすぐには引きませんでした。
「でも、また全員集まれるか分からないじゃない。だから、今のうちに決めておこうって」
2度目の言葉が落ちると、今度こそ誰も続けませんでした。
私も何か言ったほうがいいのかと思いましたが、何を言っても誰かを責めるような気がして、口を開けませんでした。
伯母が口を開くと、いとこは黙った
長机のいちばん奥には、叔父の姉にあたる伯母が座っていました。八十を過ぎていて、この場ではいちばん年上です。
伯母はしばらく黙っていましたが、手にしていた湯呑みを静かに机へ戻しました。
「気になるのは分かるよ。みんながいるうちに話したいんだよね」
いとこが伯母のほうを見ます。
「…うん。あとで揉めるのも嫌だから」
伯母は少しだけうなずきました。
「そうだね。でも、その話は今日はやめておかない?今夜くらいは、あの子のことだけ考えようよ」
責めるような口調ではありませんでした。
いとこは視線を落とし、少し間を置いてから答えました。
「…ごめん。そうだね」
そこで、入口の引き戸が開きました。
会館の方が盆に急須とお茶をのせて入ってきます。
「失礼いたします。新しいお茶をお持ちしました」
何人かが机の上を空け、湯呑みを寄せました。その動きにつられるように、止まっていた会話も別の話へ変わっていきました。
いとこも何も言わずに湯呑みを端へ寄せ、伯母と目が合うと、小さく頭を下げました。
話すなら、落ち着いて話せる日に
広間を出るころ、伯母がいとこや周りの親族に声をかけました。
「来週の日曜、うちに集まらない?今日できなかった話は、そのときにゆっくりしましょう」
従兄が「それがいいと思う」と答え、ほかの親族も黙ってうなずきました。
いとこも少しほっとしたような顔で、
「うん。そのほうがいいね」
と答えました。
翌日、私は妹に電話で前夜のことを話しました。
「昨日さ、途中でちょっと空気が止まっちゃって」
「何かあったの?」
「いとこが『今のうちに決めておこう』って二回言ったの。みんな、どう返していいか分からなくなって」
「通夜の席でか…それは気まずいね」
「うん。でも、伯母さんもいとこの気持ちは否定しなかったんだよね。『話すなら来週にしよう』って」
「それなら、そのほうがいいね。昨日はみんな落ち着いてなかっただろうし」
「私もそう思う。話すこと自体が悪いわけじゃないんだよね。たぶん、昨日じゃなかっただけで」
電話を切ってからも、伯母の言葉が残っていました。
同じ話でも、いつ、どこでするかで受け取られ方は変わります。あの夜、誰かを責めるのではなく、話す日を変えた伯母の言葉に、私は少し救われた気がしました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














