「私、面倒を見るとは言ってないよ」夫を亡くした叔母の前で、親族の会話が止まった葬儀の日
開式の直前に、叔母は付き添われて入ってきた
叔父が急に亡くなったとき、三十代だった私は仕事を早退し、前の日から実家に泊まっていた。
葬儀までのあいだに叔母は体調を崩して運ばれ、式への参列は難しいだろうと思われていた。
ところが開式の直前、入口のほうが少しざわついた。
「ご本人が、どうしても最後のお別れをしたいって」
付き添っていた人に支えられ、叔母が入ってきた。歩幅は小さく、椅子の背に置いた手も細かく震えていた。
それを見た喪主の従兄が、驚いたように立ち上がった。
「母さん、本当に来たのか。無理しなくていいって言っただろ」
叔母は息を整えてから、小さく答えた。
「でも、最後だから…ちゃんと送りたかったの」
従兄はしばらく黙っていた。
「また具合が悪くなったら心配なんだよ。後ろの端ならすぐ外に出られるから、今日はそこで座ってて」
怒っているというより、疲れと心配が入り混じった声だった。
叔母は小さくうなずき、付き添われながら後ろの列の端へ移った。
誰も口を開かなくなった斎場の、そのあとの長い静けさ
読経が始まる少し前、叔父の弟が親族席へ近づいた。
喪主の妹のそばへ身をかがめ、周囲に聞こえないような声で尋ねる。
「今日、このあとお母さんはどうするんだ。一人にして大丈夫なのか?」
妹は顔を上げた。
「…どうするって?」
「いや、今日だけでも誰か一緒にいたほうがいいんじゃないかと思って。おまえが一緒にいるのか?」
その言葉に、妹の表情がこわばった。
「ちょっと待って。私、面倒を見るとは言ってないよ」
叔父の弟も戸惑ったようだった。
「ずっとって話じゃないよ。今日のことを心配してるんだ」
「だから、面倒を見るとは言ってないって」
今度は、近くの席にも届く声だった。
少し離れたところにいた従兄がこちらを見たが、何も言わなかった。
妹は唇を結び、それからもう一度だけ言った。
「……面倒を見るとは言ってない」
三度目の言葉のあと、叔父の弟はそれ以上何も言わず、自分の席へ戻った。
読経が始まるまで、誰も話さなかった。
夫を亡くしたばかりの叔母も、急に喪主になった従兄も、その先のことを突然聞かれた妹も、みんな余裕がなかったのだと思う。
式が終わると、ロビーでは親戚たちが小さな輪になっていた。
「今日じゃなくてもよかったのにね」
「でも、一人にするのも心配だったんだろうね」
そんな声が途切れ途切れに聞こえた。
私は自動販売機でお茶を二本買い、一本を叔母に渡そうとした。
けれど席まであと数歩というところで、迎えの車が着いた。
叔母は付き添いの人に支えられて立ち上がった。廊下にいた親戚たちは、黙って一歩ずつ下がり、道をあけた。
私も結局、声をかけられなかった。
叔母の姿が扉の向こうへ消えたあと、渡せなかったお茶の缶だけが、私の手の中で少しずつぬるくなっていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














