「水筒に詰めて持ち帰ってる」サービスで出した麦茶を移し替える観光客。すれ違った価値観に葛藤した日
煮出しても煮出しても底をつく寸胴鍋
その週、私は厨房で大鍋にひたすら向かっていました。
勤務先は地元で長く愛されている定食屋さんで、夏のサービスとして店内のセルフサーバーに冷たい麦茶を出しはじめた初年度のことです。
蒸し暑くなりはじめた季節、お食事に来てくださったお客様への小さな心づかいのつもりでした。
ところが、サーバーは朝の仕込みぶんが昼のピーク前に空になってしまうのです。
煮出しの寸胴をひとつ空ければ、すぐ次の鍋に火を入れる。
冷蔵庫で粗熱を取り、急いでサーバーへ補充する。
汗だくのまま厨房を行き来していると、ホールから「お茶、また切れそうです」と声がかかります。
気温だけのせいにするには、明らかに減りが早すぎました。
店長と顔を見合わせて、首をかしげるばかりの日々が続きます。
仕入れの分量を増やしても、翌日にはまた底が見える。
麦茶代の積み上がる経費を見ながら、本当に来店人数だけでこの量が消費されているのだろうか、と考え込む夜もありました。
アイドルタイムに分かった、お茶が消えていく理由
原因にようやく気づいたのは、午後のアイドルタイムでした。
ホール担当の同僚が、お会計を終えたお客様グループをサーバーの脇で見送っているとき、おやっと感じる光景に出くわしたそうなのです。彼女は厨房に戻ってきて、声を潜めて私に伝えてくれました。
「水筒に詰めて持ち帰ってる…」
サーバーの前で、観光中らしい海外からのお客様グループが、リュックから取り出したペットボトルや水筒の蓋を開けて、麦茶をていねいに移し替えていたのだそうです。
表情はにこやかで、悪びれた様子もまったくなく、店を出ていかれる頃には全員の容器が満タンになっていたといいます。
その後の数日、それとなく観察を続けると、同じような行動を取られる外国人観光客の方が、決して少なくないことが分かりました。
日本語の案内文しか貼っていなかった私たちにも、伝える努力が足りなかったのかもしれません。
悪意のある行動ではないことは、お客様の表情を見ていれば、はっきりと分かります。
あくまで文化やマナーの違いとして受け止めて、こちらから丁寧に伝えていくしかないのでしょう。
それでも、頭で理解できることと、心で納得できることは、また別の話なのだと思いました。
毎日真夏の厨房で大鍋に火を入れ、汗を流し続けている同僚たちの背中を見ていると、胸の奥にやわらかなモヤモヤが、ほんの少し残ってしまうのです。
お客様への心づかいって、本当はどこまでが正解だったのだろう。サービスとは何なのか、と問い直したくなるような、そんな夏の入り口の出来事でした。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














