「この方向性はないな」3分で却下した資料を3か月後に堂々と配り始めた係長。覚えている様子がない表情に恐怖した
評価されたのは、一度却下された資料だった
設計部に異動して最初に作った工程管理のフロー資料だった。
現場に足を運んで話を聞き、図版を組み直し、2週間ほどかけて仕上げた。
直属の係長に持参したとき、3分かからずに返ってきた。
「この方向性はないな」
それだけだった。
どこが問題なのか、何を直せばよいのか、具体的な言葉は一切なかった。
机の端に置かれた資料を持ち帰りながら、言い返せなかった自分が歯がゆかった。
異動して間もない立場では、係長の一言に正面から反論できなかった。
翌週、別の部署を兼任しているベテランの主任が資料を見て「よく整理されている」と言った。
それが叩き台として部内会議で使われると知ったのは、その数日後のことだった。
少しだけ気持ちが楽になった。判断を誤ったのは係長の方だった、と確認できた気がした。
あの2週間が無駄ではなかった、という安堵もあった。
だが、それだけでは終わらなかった。
表情が変わらなかったことが、一番怖かった
3か月後の定例会議で、係長が資料を配り始めたとき、最初は気づかなかった。
手に取った瞬間に分かった。図版の構成も見出しも、データの並び順も、あの資料のままだった。
ページをめくるたびに、現場で話を聞いた場面や夜遅くまで図版を修正した夜が浮かんできた。
係長は淡々と説明を始めた。出どころには触れず、内容を読み上げていた。
その顔に、何も浮かんでいなかった。驚いている素振りも、気まずそうにする様子も、一切なかった。
(覚えているのか、忘れているのか)
どちらでも、同じくらい怖かった。
あの「この方向性はないな」を言った人間が、今まさに同じ資料を使っている。事実としてそこにあるのに、声に出せなかった。
隣の同僚がちらりとこちらを見たが、何も起きなかった。
会議が終わり、廊下を歩きながら、寒気がした。怒りとも違う、もっとじっとりとした感覚が体の芯に残った。
3分で否定した人間が3か月後に平然と同じ資料で説明に立つ。
事実としてそこにある。なのに誰も何も言わず、会議は普通に進んで終わった。そういう人間と同じ部署で毎日机を並べていることへの、言葉にならない感覚があった。
次の日、係長に何も言わなかった。
言う言葉が見つからなかったし、言ったところで何かが変わる気もしなかった。
ただ、あの日からその人の言葉の重さが変わった。却下されても、評価してくれる人は別にいる。そのことだけが、静かに残っている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














