「名字に『さん』で呼んでもらえると助かります」入ったばかりの近すぎる距離感。我慢出来ずに思わず拒絶した瞬間
三日で三つ増えた呼び名
新しく入った派遣スタッフの女性は、初日の自己紹介を終えると、隣の席の私に体ごと向き直りました。手には、配られたばかりの座席表があります。
「あ、下の名前これですよね?じゃあ、そう呼んでもいいですか?」
いきなり下の名前で呼ばれるとは思っておらず、私は少し返事に迷いました。
すると彼女は、そのまま明るい調子で話を続けました。
「今日、お昼どうするんですか?」
「まだ決めてないです」
「じゃあ、一緒に行きません?」
その場では曖昧に笑って返しましたが、しばらくするとまた声をかけられました。
「ねえ、お昼どこ行きます?」
まだお互いの好きな食べ物さえ知らない初日です。気さくに話しかけてもらえるのはありがたい反面、私は少し戸惑っていました。
2日目になると、呼び方まで変わりました。
「ねえねえ、これってどうやるんですか?」
呼ばれたのは、私の下の名前を少し崩したような呼び方でした。
「あ、それ…私のことですか?」
「そうそう。なんか呼びやすくて」
彼女は何でもないことのように笑っています。
そして3日目には、さらに別の、由来も分からないあだ名で呼ばれるようになりました。
フロアでは、基本的に誰もが名字に「さん」を付けて呼び合っています。その中で私だけ違う呼び方をされるたびに、少し居心地の悪さを感じるようになりました。
昼休みの誘いも毎日続きました。
「今日は一人で行こうかなと思ってます」
そう断ると、彼女は少し意外そうな顔をしました。
「え、そうなんですか?てっきり今日も一緒に行くのかと思ってました」
「すみません。たまに一人でゆっくりしたくて」
「ああ、そっか……」
悪気があるようには見えませんでした。それだけに、私はどう伝えれば角が立たないのか迷っていました。
名字でお願いします、と伝えた夕方
3日目の夕方、コピー機の前で二人になりました。
仕事を覚えようと一生懸命なのは、隣の席にいればよく分かります。だからこそ、責めるような言い方にはしたくありませんでした。
「あの、ひとつだけいいですか?」
「はい。どうしました?」
「呼び方なんですけど……私も名字に『さん』で呼んでもらえると助かります。ここ、みんなそうなので」
彼女は一瞬きょとんとして、それから小さく「あっ」と声を上げました。
「ごめんなさい。もしかして、ずっと気になってました?」
「ちょっとだけ。下の名前とかあだ名で呼ばれるのに慣れてなくて」
「そうだったんですね。すみません。前の職場だと、みんな下の名前とかあだ名で呼んでたので……」
彼女は少し気まずそうに笑いました。
「全然気づいてませんでした。これから名字で呼びますね」
思っていたより素直な返事に、私もほっとしました。
せっかくなので、昼休みのことも伝えることにしました。
「あと、お昼も私、一人で行く日がけっこうあるんです」
「あ……私、誘いすぎました?」
「ちょっとだけ」
そう答えると、彼女は申し訳なさそうに笑いました。
「すみません。なんか早く馴染みたくて、つい……」
「いえ。分かってもらえたなら大丈夫です」
そこでようやく、二人の間の気まずさも少し和らぎました。
翌朝、彼女は席に着くと、さっそく私を名字に「さん」を付けて呼びました。
「昨日の書類なんですけど、ちょっと聞いてもいいですか?」
「もちろんです」
それきり、あだ名で呼ばれることはありませんでした。昼休みも毎回誘われることはなくなり、必要なときには普通に話しかけてくれます。
週明け、彼女が席を外したタイミングで、近くの席の先輩が小声で話しかけてきました。
「いやあ、3日目にはもうあだ名までついてたもんね」
私は思わず苦笑しました。
「もう、その話はやめてください」
「ごめんごめん。でも、ちゃんと言えてよかったね」
「気づいてたんですか?」
「そりゃ気づくよ。どうするのかなって思ってた」
「恥ずかしい……」
先輩は笑いながら、「まあ、ちゃんと分かってくれたならよかったじゃん」と言いました。
距離の縮め方は、人によってずいぶん違います。悪気がないと分かっている相手ほど言いにくいこともありますが、我慢して苦手になる前に、自分の希望を言葉にして伝えることも大切なのだと思った出来事でした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














