「草を抜いてたのよ」と笑う隣の奥さん。垣根のすき間から私を見ていた、その手には何もなかった
洗濯物を干すと、勝手口が開く
両親と三人で暮らす一戸建ての庭には、南向きの物干しざおがある。低い垣根を挟んだ向こうがお隣の庭で、50代くらいの奥さんがよく花の手入れをしていた。
いつからだったか、私が洗濯かごを抱えて庭に出ると、お隣の勝手口が開くことに気づいた。
奥さんは庭に出てきて少し歩くと、いったん家へ戻る。そして私が最後のタオルを干し終えるころになると、また勝手口が開く。
最初は、たまたま庭仕事の時間が重なっているだけだと思っていた。けれど、私が洗濯物を干しているときに限って何度も顔を合わせるうち、少し気になるようになった。
ある晩、居間でテレビを見ていた母に聞いてみた。
「ねえ、お隣の奥さんって、ちょっと気にならない?」
「お隣って、どっち?」
「垣根のほう。私が洗濯物を干してると、いつも出てくる人」
「ああ…。お庭が好きなんじゃない?」
母はそう言うと、またテレビへ目を戻した。
けれど、気になり始めると、ほかのことまで目についた。
父が車を買い替えたあと、お隣にも同じ形、同じ色の車が来た。物置の横の自転車、玄関脇の花の鉢、塀に立てかけたスコップまで、家のまわりには似たものがいくつもあった。
うちが浴室をリフォームしたときも、ふた月ほどすると、お隣の同じ側の壁に足場が組まれた。
近所に住んでいれば、似たものを選ぶこともある。そう思うようにしていた。
垣根のすき間にあった顔
ある朝、庭でシーツを広げていたときだった。
ふと横を見ると、垣根の下のほうのすき間に、お隣の奥さんの顔が見えた。
しゃがんだまま、こちらをじっと見上げていた。
思わず手が止まった。いつからそこにいたのか、勝手口が開く音にも気づかなかった。
「…おはようございます」
私が声をかけると、奥さんは何事もなかったように笑った。
「あら、おはよう」
「そこで何を…?」
「草を抜いてたのよ。すぐ伸びるでしょう」
そう言って奥さんは立ち上がった。
けれど、その手には草も軍手もなかった。
その夜、夕飯を食べていると、父がふいに聞いてきた。
「今日も、お隣出てきたのか?」
「うん。今日も」
「そうか…」
父は箸を止め、垣根のあるほうの窓をちらりと見た。
それ以上、誰も何も言わなかった。
お隣の奥さんに何かをされたことは一度もない。責められたことも、嫌味を言われたこともない。
私は今も同じ家に住んでいて、生活に困ったこともない。
それでも、庭に何か新しいものを置くと、つい垣根の向こうを確認してしまう。
今朝、玄関の横に白い植木鉢を置いた。黄色い小花の苗を植えたばかりの、新しい鉢だ。
夕方、家に帰って門を開けたとき、私は思わず足を止めた。
お隣の玄関の横にも、白い植木鉢が置かれていた。
黄色い小花が、うちの鉢と同じほうを向いていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














