「あの子はもう来ない、不孝者だね」私の悪評を流していた親戚。法事で耳にした最悪の事実とは
法要のあとの何気ない世間話
その日は、夫の祖母の法事でした。
会場の隅で、私は祖母の弟と並んで座っていたんです。
祖母の弟は穏やかな人で、子どもの頃からずっと優しくしてくれていました。
同じ町内にいた頃は、よく家に上げてもらってお茶をごちそうになっていたものです。
お焼香を終えて、ようやく座って一息つく時間。
祖母の弟が私の方を向いて、ゆっくりとこう言いました。
「ありがとうね、よく来てくれて」
結婚して名字が変わっても、上京で遠方になっても、私は法事を欠かしたことはありません。
年賀状も中学生の頃から25年以上、誰ひとり外さず送り続けていました。
それが当たり前だと思っていたんです。
けれどそのあと、声を少し落として続けられた一言が、ずっと耳から離れなくなりました。
「あの人が気にしていてくれてね」
届いていなかった25年の積み重ね
あの人、と祖母の弟が指したのは、もうひとりの伯父にあたる、祖母の夫でした。
祖母の弟が、声を一段低くして続けます。
「あの子はもう来ない、不孝者だね」
そう、親戚中に言いふらされていたのだと、祖母の弟は教えてくれました。
祖母が亡くなったあと、私が縁を切ったように決めつけられていたのです。
でも実際には、私は一度も法事を休んでいません。
年賀状も毎年きちんと出していました。それなのに、自分の知らない場所で、不孝者という評判だけが独り歩きしていたのです。
同じ親戚の集まりで、笑顔で挨拶を交わしてきた人たちが、別の場所で私の悪口を聞かされていた、そう想像するだけで、足元の床がすうっと冷たくなる気がしました。
祖母の弟は、最後に少しだけ笑って言いました。
「お母ちゃんなら、ちゃんと見てるって信じてくれていたよ」
その言葉に、確かに救われました。
少なくとも目の前にいる人は、私のことをまっすぐ見てくれていたんだと、ありがたく思いました。
ただ、家に帰ってからも、なんとも言えない感覚が残ったんです。
誰かに釈明する場もない。
直接言われたわけでもないから、抗議もできない。
ただ、自分が積み重ねてきた25年が、一部の人には届いていなかった事実だけが胸に残るのでした。
来年も、私は年賀状を書くと思います。
やめてしまえば、不孝者という評判を自分から認めることになる気がして。
書く手は、たぶん少しだけ重くなるけれど。
複雑な親戚関係の中では、まっすぐ繋いできたつもりの糸が、どこかで勝手にねじれていることもある。
そう知ってしまった日のモヤモヤは、今でも消えていません。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














