「その話、まだ覚えてたんだ」2か月前の義母の話を覚えていた知人。駅までの10分で、私が言えなかったこと
駅までの十分で、夏の話が出てきた
手芸のサークルは月に二回で、終わると同じ方向の人たちと駅まで歩くことが多かった。
その女性と並んで帰るようになったのは、通いはじめてすぐのころだ。話しやすい人で、私も最初のうちは義母のことを少しだけこぼしたことがあった。
その日は、横断歩道で信号を待っているときだった。
「そういえばさ、前にこう言ってたよね」
急に言われて、私は隣を見た。
「え、なんでしたっけ」
「ほら、お義母さんの誕生日に旅行へ誘われて、困ってるって。あれ、結局どうなったの?」
言われて、ようやく思い出した。
話したのは2か月ほど前の暑い日だった。駅まで歩きながら何となくこぼしただけで、私自身はもうほとんど忘れていた。
「ああ…あれですか。結局、行かなかったんです」
「そうなんだ。ご主人が何か言ってくれたの?」
「まあ、二人で話して、今回はやめようかって」
「お義母さんは大丈夫だった?」
信号が青になり、私たちは歩き出した。
私はそこで話が終わると思っていたが、女性はそのまま質問を続けた。
「断ったとき、何か言われなかった?」
「そこまでは…」
「ご主人は何て?」
「まあ、そのへんはいろいろですよ」
笑って流したつもりだった。
けれど、義母にどう断ったのか、夫は何と言ったのか、実家の母には話したのかと、答えを濁すたびに少しずつ聞き方を変えて話が戻ってくる。
改札が見えてきたころには、私の返事も短くなっていた。
相手に悪気がないのは分かっている。それでも、自分でも忘れかけていた話を細かく覚えられていたことが、妙に気になった。
公民館の玄関で、先に言った
家に帰り、夕飯の下ごしらえをしながら夫にその話をした。
夫はテーブルで郵便物を分けながら聞いていた。
「今日ね、前にこう言ってたよねって、2か月も前の話を急に出されて」
「2か月前?よく覚えてるな」
「そうなの。私なんて、言われるまで忘れてたのに」
夫は手にしていた封筒を置いた。
「ずっと聞かれたの?」
「うん。夫は何て言ったのとか、お義母さんにはどう断ったのとか」
「まあ、向こうは話の続きが気になっただけかもしれないけどな」
「私もそう思う。でも、こっちが軽く話したことを細かく覚えられてると、ちょっと落ち着かなくて」
「じゃあ、次に聞かれたら言ってみたら?」
「何て?」
「家のことはあんまり話したくないって。そのままでいいだろ」
「そうだね…言ってみようかな」
次のサークルの日、私は帰り道になる前に、公民館の玄関でその女性に声をかけた。
「あの、ちょっといいですか」
「ん?どうしたの?」
私は少し迷ってから口を開いた。
「この前、義母の話したじゃないですか」
「ああ、うん」
「私から話しておいて変なんですけど…家のことは、あまり人に話さないようにしているんです」
女性は一瞬黙った。
「あ…ごめん。私、聞きすぎた?」
「いえ。前に聞いてもらったときは助かったんです。ただ、細かいところまで話すのは、ちょっと苦手で」
「そっか。私、気になるとつい聞いちゃうんだよね。ごめんね」
「いえ、私も自分から話したことなので」
「でも、嫌なときは言ってね」
「はい。ありがとうございます」
そこで少しだけ会話が途切れた。
言い方がきつかっただろうか、と気になり始めたころ、女性が布の袋を持ち直した。
「……そういえば、全然違う話していい?」
「はい」
「うちの犬、昨日また散歩の途中で動かなくなってさ」
思わず笑ってしまった。
「またですか」
「そう。帰りたくないって、道の端で踏ん張るの」
それから駅までの十分間は、ほとんど犬の話だった。
散歩に行く時間、拾い食いしそうになること、動物病院へ行くと足が震えて動かなくなること。
改札の手前で、女性が思い出したように振り返った。
「今度、写真見せてもいい?子犬のころ、すごく丸かったの」
「それは見たいです」
「ほんと?いっぱいあるよ」
「じゃあ、何枚か厳選してください」
女性が笑ったので、私も笑った。
次の回も、その次の回も、女性は家のことを聞いてこなかった。
代わりにスマートフォンを取り出して、犬の写真を見せてくれる。
「見て。この子、名前を呼ぶまで絶対こっち向かないの」
「うちの夫も、テレビ見てるとそんな感じです」
「それは犬より手ごわいね」
駅までの十分が、前より少し気楽になった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














