「あ、これ先にやらないと」鳴った瞬間に書類を弄り出す先輩。お礼を言われた私が抱えた葛藤
机の整頓は電話の合図
転職して新しい事務所に入って半年経った頃、フロアの中堅の先輩の口癖に気づきました。
電話が鳴る直前のタイミングで、決まってこう呟くのです。
「あ、これ先にやらないと」
呟きながら机の上のファイルをまっすぐに揃え始め、引き出しから付箋を取り出してメモを書き直す。
呼び出し音が鳴り終わるまで顔を上げない、という動きを毎回繰り返していました。
最初は「忙しい人なんだな」と思っていました。でも観察するうちに、その仕事の中身が、別に急ぐものでも何でもないと気づいてしまったのでした。
期限が翌週の資料を眺めたり、すでに整っているファイルをもう一度並べ直したり。電話が止まるとぴたりと作業も止まるのが、何度も繰り返されたのです。
数えてしまった避ける回数
気になって、ある日メモを取ってみました。電話が鳴ったタイミングで誰がどんな動きをするか。
1日終えてみると、同じフロアの3人がほぼ同じパターンで動いていたのです。
1人は隣の席の人に話しかける。
1人は書類を整理し始める。もう1人はパソコンの画面を覗き込んだまま固まる。
3コール目に必ず私か、後ろの席の課長補佐が立ち上がる。その役割分担が固定されていました。週単位で見ても、月単位で見ても、面白いほど数字は変わらないのでした。
「今日も取ってくれてありがとうね」
受話器を置いた私に、書類を整えていた先輩がにこやかに声をかけます。
けれど目線は手元の付箋に戻ったままで、次の呼び出し音が鳴ると、また同じ動きを始めるのでした。
言葉にできない静かな違和感
誰かを責めたいわけではありません。みんな仕事はしているし、電話以外の業務はちゃんと回っている。
ただ、毎日決まって自分にだけ受話器が回ってくる感覚に、少しずつ疲れていきました。
(この人たち、電話に出ない理由を自分の中でどう説明しているんだろう)
そう思っても、聞ける相手はいません。先輩たちはみんな笑顔で、雰囲気は悪くない職場です。
だからこそ、声に出して問題にすることもできないのでした。職場のルールに違反しているわけでもなく、誰かを傷つけているわけでもない。それでも、毎朝出勤して座る席で、私の中の何かがすり減っていくのを感じるのです。
今日もフロアで呼び出し音が鳴り、書類を整える音が始まる。私の沈黙だけが、静かに机の上に降りていきます。誰の悪意でもないこの薄い疲労を、私はあと何年抱えていくのだろうと、ふと窓の外を眺めたのでした。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














