「なんで息子にはお祝いがないの?」外孫だけ祝儀を包んだ義母。だが、夫の一言で態度が一変
息子の七五三に届かなかった言葉
うちの息子が七五三を迎えた秋のことだった。
近くの神社に晴れ着でお参りし、家族だけでささやかにお祝いをした。
晴れ姿の写真を義母にも送ったのに、返ってきたのは短い一言だけ。
「そう、よかったね」で、それきりだった。
お祝いの言葉も、何かの気遣いもない。
その落差を、私は前の年から知っていた。義姉の娘の七五三のときは、義母の扱いがまるで違ったのだ。
「あの子の七五三は、ちゃんとしてあげたいから」
そう言って義母は高級ホテルの食事会を段取りし、代金を全額支払った。
そのうえで、祝いにと大きな金額まで包んでいた。同じ孫のはずなのに、この差は何だろう。飲み込んだ違和感が、少しずつ澱のように溜まっていった。
スピーカー越しの嫌味
もやもやを抱えていたのは、私だけではなかった。
夫が実家に電話をかけ、義母に直接尋ねたのだ。スピーカーにしていたので、私にも声は丸聞こえだった。
「なんで息子にはお祝いがないの?」
夫がそう切り出すと、義母はさらりと言ってのけた。
「女の子は衣装代がかかるの」
だから外孫にはお金をかけた、と悪びれない。孫を差別していると自分から認めるような言い分だった。
普段の夫は母親に逆らわない人だった。だから、私はこのまま流されるのだと半ば諦めていた。
けれど夫は、受話器を握ったまま黙り込んだあと、静かに口を開いた。
縁を切った電話
「そこまで孫で差をつけるなら、もう帰らない」
夫の声は落ち着いていて、それがかえって本気だと伝えていた。
「盆も正月も帰らない」
孫の顔も見せない、と夫は言い切った。
電話の向こうで、義母が明らかに動揺した。
「待って、そんな話じゃ」と早口で取り繕おうとする。それでも夫は引かなかった。
「じゃあ、どういう話だったの」
問い返されて、義母は返す言葉を失った。
声がだんだん小さくなり、最後には黙り込んでしまう。夫はそのまま、静かに電話を切った。
翌日から、義母は焦ったように何度も連絡してきた。あれほど孫を選り好みしていたのに、今度は会わせてほしいと言ってくる。
けれど夫はすべての着信をそのままにし、応じることはなかった。
義実家との行き来は、これでぷつりと途絶えた。もう理不尽に比べられることも、息子が軽んじられることもない。
三人で過ごす休日は、驚くほど静かで満ち足りていた。あの電話の日、夫が守ってくれたのは、息子とこの家の穏やかさだった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














