「分別が間違っています!」と玄関前にゴミ袋を戻す住人。だが、掲示板の張り紙で状況が一変
見回る人
引っ越して半年ほど経った頃、同じフロアの高齢女性が気になりはじめた。
毎日のようにゴミ置き場へ足を運び、置かれた袋の出し方を一つずつ確かめている。誰かが出しに来ると、横からのぞき込むように近づく。
そんなある日、仕事から帰った私は玄関前で足を止めた。
ドアの前に、ゴミ袋が一つ置かれている。
(これ、昨日出したやつだ)
前日の朝に出した燃えるゴミだ。袋には手書きのメモがテープで留めてある。
「分別が間違っています!」
けれど指摘されたプラスチックの包装は、地域のルールでは燃えるゴミで問題ない。間違っているのは、こちらではなかった。
遠回しの一言
翌週も、同じことが繰り返された。玄関前に戻された袋、貼られたメモ。心当たりがないだけに、薄気味悪さが募る。
そんなある朝、エレベーターで彼女と乗り合わせた。
二人きりの中、彼女は独り言のように切り出す。
「最近の人は、ルールを守らないから困るのよ」
「私のことでしたら、分別は守っていますが」
「あら。守ってるつもりなのね」
「つもり、ではなく、確認したうえでです」
「ふうん。まあ、人それぞれね」
彼女は素知らぬ顔で、先に降りていった。飲み込んだ言葉が、胸の奥でくすぶった。
このまま黙っていても何も変わらない。そう思って、私は管理会社に相談の電話を入れることにした。
掲示板の前で
受話器の向こうで、担当者は思いがけないことを口にした。
「同じようなご相談、ほかにも何件か届いているんですよ」
「他の方からも、ですか」
「ええ。玄関前にゴミを戻された、と。あなたお一人の話ではないんです」
「私だけじゃ、なかったんですね」
張りつめていた気持ちが、すこしほどけた。
後日、エントランスの掲示板に、管理会社の連名で張り紙が出た。ゴミ出しルールの最後に、はっきりとこうある。
「他人のゴミを無断で持ち帰ったり、玄関前へ置いたりする行為は禁止します」
その前で、彼女が足を止めていた。文面をじっと読み込んでいる。けれど行き交う住人たちが、ちらちらと自分に目を向けているのに気づいたのだろう。
読みかけたまま顔を伏せ、離れていった。
読んでいると、ベビーカーを押した若い住人が隣に並ぶ。
「これ、出ましたね」
「ええ。実はうちも、玄関前に置かれていたんです」
「えっ、お宅もですか。うちもなんですよ」
二人で顔を見合わせて、つい吹き出してしまった。
その後、エレベーターで乗り合わせても、彼女が私に言葉を向けてくることはなくなった。会釈は返す。でも、もう気おくれして黙り込むことはない。玄関前にゴミ袋が戻されることも、二度となかった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














