「もう私、限界なんです」泣きそうな顔で役職交代を懇願する女性。だが、男性の一言が状況を変えた
押し付け合いの沈黙
移住して八ヶ月、初めて自治会の会合に出た。公民館に集まった住民たちの間に、ぴんと張りつめた空気が流れていた。
神社の行事を取り仕切る役職を、誰が引き継ぐか。長年その役を担ってきた六十代の女性が、顔を真っ赤にして訴えていた。
「もう私、限界なんです」
絞り出すような声だった。
「隣の集落との調整も、行事の段取りも、全部一人でやってきました。今年こそ、どなたか代わってください」
しんと静まり返る。誰も手を挙げない。
「順番ですし、どなたか」と司会役が促しても、返ってくるのは言い訳ばかりだった。
「仕事が忙しくて」
「体がきつくて」
面倒な役の、あからさまな押し付け合いだった。
よそ者の私が見ていた光景
私はよそ者として、部屋の隅で小さくなっていた。手を挙げる資格もなければ、口を挟む立場でもない。ただ、この気まずさにじっと耐えるしかなかった。
(これが、この集落の本当の顔か。憧れていた田舎暮らしも、こんなものなのかもしれない)
うつむいたまま手を握りしめる女性の姿が、痛々しかった。
沈黙は三十分も続いた。誰かが咳払いをするたび、また誰かがお茶をすするたび、空気はいっそう重くなっていく。
「順番ということもありますので」と司会役が水を向けても、誰もが視線を逸らす。長く務めた人を労わる言葉ひとつ、出てこなかった。
正直、私は心が冷えていくのを感じていた。これからこの場所で、本当に暮らしていけるのだろうかと。
憧れて選んだ土地のはずなのに、足元が急に頼りなく思えた。
あっさり手を挙げた一人
その重い空気を、たった一言が割った。
「もうええ。わしがやるわ」
声の主は、窓際に座っていた六十代後半の男性だった。日焼けした顔に、気負いはまるでない。
「あんたは長いことよう務めた。あとはわしに任せとき」
女性が、ぱっと顔を上げた。見開いた目から、涙が一粒こぼれ落ちる。
「すみません……ありがとうございます」
「ええんよ、頭なんて下げんで」
男性が手を振ると、張りつめていた畳の上に、ようやくあたたかな空気が戻ってくる。
あちこちで安堵のため息が漏れ、誰かが小さく拍手をした。
私は、その光景に胸を打たれていた。誰もが損を避けようとした場で、ただ一人、平然と荷を背負った人がいる。
さっきまで冷えていた心が、嘘のように温まっていた。
会合の帰り際、私はその男性に駆け寄って頭を下げた。
「あの、私にも何か手伝わせてください」
「お、ええなあ。新顔さん、頼りにしとるで」
嫌な集落だと決めつけていた自分が、少し恥ずかしかった。一人の男気が、私の見ていた景色を丸ごと塗り替えてくれた夜だった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














