「実印を出せよ」自身の借金の保証人になるよう強いる義父→家を飛び出した夫婦が手にした答え
嘘と約束破りが積み上がった結婚生活
夫の父への不信感は、結婚前の発起人さんを招く会合の夜から始まっていました。新郎の父として最初に挨拶に立ってくれるはずだった義父は、夕方6時の開始に2時間遅れて顔を出したのです。
「パチンコ行ってた」
その一言で全員がドン引きしたあの夜のことは、忘れたくても忘れられません。けれど結婚後に思い知ったのは、それがまだほんの序の口だったということでした。
約束を守ったためしがない。人付き合いが続かない。仕事先のお金を借りてはギャンブルにつぎ込み、義母にしわ寄せが行く。
気づけば、家じゅうのお米を買うのも光熱費を払うのも、義母がパートで稼いだお金からまかなわれていました。
そんな義父の姿を見ながらも、私と夫は数年間、なんとか折り合いをつけて暮らそうと頑張りました。けれどある夜、堪忍袋の尾が切れる出来事が起きたのです。
家を出たあの夜から、自分たちの家を建てるまで
夕食を食べていたところに、義父が真顔で夫に詰め寄ってきました。借金の保証人になってほしいというのです。
「実印を出せよ」
頼むでも詫びるでもなく、いきなりの命令口調でした。私はとっさに箸を置き、夫の腕をつかみました。これ以上ここにいたら、家計まで壊される。そう本能で悟った瞬間でした。
翌朝、夫と娘の3人だけで、その家を後にしました。引っ越し費用も貯金も心もとない中、それでも玄関を出るときの私たちは、何かが軽くなった気がしたのです。
その私たちの背に向かって、義父は最後にこう吐き捨てたといいます。
「どうせうまくいかない」
聞いた夫はため息ひとつ漏らしただけで、振り返りませんでした。
そこから先の数年は、いま振り返っても胸が痛くなるくらい必死でした。共働きでお互いの帰りが遅くなる日も、娘を保育園に送り迎えする日も、ひたすら歯を食いしばって働きました。
家計簿に1円単位で書き込んで、外食はめったにせず、お弁当を持って通勤し続けたあの日々。何年もかけて少しずつ貯金を積み上げ、ついに自分たちの家を建てる日が来ました。
新しいリビングの窓から差し込む朝日を見たとき、私はようやく息を吐くことができました。義父の捨てゼリフは、結局のところ大外れだったのです。
あの理不尽な一言が私たち夫婦の背中を押してくれたのかもしれない、といまでは思います。許してはいないけれど、踏ん張る理由をくれた人ではあったのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、60代以上・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














