
行列の横入りに激怒する父の姿に困惑する娘。他人事ではない老害問題の根深さ
週末の昼時、混み合う寿司屋での出来事です。待ち時間に耐えかねた父親が、後から来た少人数の客を先にカウンターへ案内した店員に対し、順番を抜かすな、非常識だと怒鳴り声を上げました。店側のシステムや状況を理解しようとせず、自分の正義だけを盾に大声で威圧するその姿は、同席する家族にとって耐えがたい羞恥心をもたらします。西野みや子さんが描く漫画、『わたしの親が老害なんて』は、こうした日常に潜む世代間の摩擦を鋭く描いています。
SNS上では、この父親の行動に対して厳しい意見が相次ぎました。
『自分が正しいと思ったら頑として譲らない人が老害になりやすい』
という声や、
『老害の本質が前頭葉の老化による感情制御の困難であるならば、元々自己中心的な人のブレーキが壊れた姿といえる』
といった分析も寄せられています。かつては家族を支える大黒柱として尊敬されていた親が、社会のルールよりも自分の感情を優先させてしまう現実は、多くの人々に衝撃を与えています。
一方で、親の振る舞いに傷ついた経験を持つ人は少なくありません。
『子供の頃、親がフリーマーケットでやたらと値切ろうとする姿を見た時全身から嫌な汗が出た。親の恥ずかしい姿は自分へのダメージが大きい』
という切実な吐露も見られました。親が社会から冷ややかな視線を浴びることは、その背中を見て育った子供にとって、自身のルーツを否定されるような辛さがあるものです。
この問題の難しさは、当の本人が自覚を持ちにくい点にあります。自分の経験則を絶対視し、変化する社会のルールを受け入れられない態度は、周囲との軋轢を生むだけでなく、本人を孤立させる原因にもなります。解決策として、『動画にして見せてやると良い。客観的に見ると理性が入るから、少しは恥ずかしく感じてくれるかも』という具体的な提案もありました。第三者の視点を持つことが、暴走する感情を抑制する一助になるかもしれません。
私たちは誰しも年齢を重ね、いつかは老いていきます。西野さんの作品は、特定の言葉で他人を断罪するのではなく、自分自身が将来そうならないためにどうあるべきかを問いかけています。
自分の思考の偏りを自覚し、多様な価値観に触れ続けること。そして、自分の非を認める柔軟性を持ち続けることが、円満な生活を送るための備えとなるのではないでしょうか。














