
親や教師の何げない一言に潜むアンコンシャス・バイアスを可視化するパネル展が波紋
女の子だから結婚や出産を見据えた進路を選んでね。男子なんだから泣かずに外で遊びなさい。そんな、かつては当たり前だった大人たちの助言が、現代の中高生を苦しめているのかもしれません。東京都港区で開催されたパネル展『みんなの違和館』では、若者たちが日常で感じたモヤッとする言葉が並び、大人世代に強い衝撃を与えています。
今回の企画は、玉川学園の中高生たちが筑波大学の研究者らと協力し、世の中ちょっと良くする部として活動してきた成果です。彼らは約1年にわたり、自分たちが抱える生きづらさの正体を議論してきました。そこで浮き彫りになったのが、大人が無意識に押し付ける価値観、いわゆるアンコンシャス・バイアスでした。将来設計が結婚中心に語られることへの違和感や、痩せていることが正義とされる風潮。生徒たちは、こうした偏見を文字にして可視化することで、社会に気づきを促そうとしています。
特にシンポジウムで語られた、人生100年時代というけれど私たちは100歳まで生きたくないという言葉は、長寿を前提とした社会システムに慣れた大人たちに重い問いを投げかけました。
SNS上では、この活動に対して多様な反応が寄せられています。
『そういう言葉も良くはないが、他人の言葉に振り回されないようにするのも大事だと思う』
『無意識の偏見はなくならないので、それを嘆くだけではなく主体性との関係で考察しないと、つまらないものになってしまうだろう』
一方で、言葉を可視化することによる弊害を懸念する声も上がっています。
『「言ってはならない」を増やす発想自体が、新しい無意識の前提を作る。これでは生きづらさの原因を減らすのではなく、ハラスメントや偏見を検出する感度だけを上げているにすぎない』
何でも偏見として片付けてしまうことで、大人と子どもの対話が断絶し、かえって窮屈な社会になるのではないかという危惧です。
また、長寿に対する否定的な見解については、意外にも肯定派が目立ちました。
『100歳まで生きたくないというのは、主体性との関係で言えば、ある意味極めて健全な考え方であり、このことは希死念慮とは無関係で否定的に取り上げる話ではない』
大人が良かれと思って放つアドバイスが、時には若者の可能性を縛る鎖になる。
この現実を直視することは、世代間の溝を埋める第一歩となるはずです。














