「敬語使えって何度言ったらわかるんだ」電話対応を毎回盗み聞きする上司たち。だが、隣の同僚の思わぬ指摘で状況が一変
受話器を置いた瞬間の指導地獄
旅行の会社で営業事務をしていた頃の話です。
お客様への電話を一本かけるたびに、私の背後には決まって人の気配が集まりました。
直属の上司と、その取り巻きの数名の集団です。
受話器を置いた途端、後ろから声が降ってきました。
「敬語が足りない」「言い回しが軽い」「もっと丁寧に」
何度言ったら分かるんだ、というあの言い回しが、毎日のように繰り返されたのです。
こちらが何を言っても、最後は「分かってないね」で締めくくられる。
指導とは到底呼べない、ただの圧力でした。電話が鳴るたびに、心臓が一段ずれた位置で打つようになっていきました。
そんなある日、ベテラン顔の上司が受話器を置いた私の背後にぬっと立ち、こう吐き捨てました。
「敬語使えって何度言ったらわかるんだ」
続けて、まったく意味の分からない指導が放たれました。
「敬語で『〜してはる』って言わないと」
私は京都生まれではありません。
その表現を敬語として使った経験もない。ただ、その場で言い返す勇気もなかった。
私は黙って頷き、次の電話から「〜してはります」「〜何々はってます」と適当に語尾をいじって流すようになっていきました。
部長まで動いた、たった一言の波紋
違和感を抱えたまま数日が過ぎたある午後、いつもどおり「〜してはります」と電話で口にした直後のことでした。
隣の席の同僚が、目を丸くしてこちらを向いたのです。
「エセ京都弁!」
その鋭い突っ込みに、私はようやく気持ちが動きました。
集団から強要されているのだ、と小声で打ち明けると、同僚はとても驚いた様子で口元を押さえた。
「それ、強要されてるの?」
頷く私を、同僚はじっと見つめていました。何かを考え込むような、確かめるような表情だった。
それから席に戻り、しばらく黙って仕事を続けていたのです。
動きがあったのは数日後でした。部長が集団のメンバーを順に呼び出し、個別に話をしたらしいと、フロアの誰かが囁いていた。詳しい内容は私の耳には届きません。
ただ、その週を境に、私の背後に立つ気配は消えました。電話を切っても、誰も飛んでこない。受話器を置いた後の沈黙が、こんなに穏やかだったのかと驚いたほどです。
20代の私には、自分から声を上げる勇気はありませんでした。
隣の席で聞いていた同僚の、たった一言の鋭さが、職場の空気を確かに変えてくれたのです。
あの突っ込みがなかったら、私は今もどこかの会社で語尾だけ「〜はります」を貼り付けた電話を、息を詰めながらかけ続けていたかもしれません。隣の人がちゃんと聞いていてくれた、というそれだけの事実が、当時の私を救ってくれたのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














