「忙しいのに動かないんですか」混む受付で画面を眺めるだけの同僚→評価する人は見ていてくれと願う毎日
給料は同じなのに、走る人と止まる人
休憩室で湯のみを抱えながら、私はその日もぼんやりと天井を見上げていました。午前の混雑を抜け、ようやく一息ついたところです。
勤務先は街の小さな診療所。受付事務の数は片手に収まる程度で、混む時間帯は全員で会計、電話、カルテ出しを回さないと、待合室の患者さんを長く待たせてしまいます。
けれど、ひとりだけ。近くの席の同僚は、自分に振られた仕事しかしません。
会計の列が伸びても、電話のコール音が長く鳴っても、頑なにパソコンの画面だけを見続けています。
新人の事務員が思いきって声をかけた時に、彼女が放った一言が、今も耳に残って離れません。
「忙しいのに動かないんですか」
新人の問いに、彼女は短く「指示されてませんから」と返しただけでした。
視線も上げず、キーボードを叩く音だけが、いつもより少し大きく響いていたのを覚えています。
その日からです。
私が、自分の中の小さな違和感とずっと付き合うようになったのは。同じ受付の制服を着て、同じ時間に出勤しているはずなのに、こんなにも仕事への向き合い方が違うのだろうかと。
院長は気づいてくれているはず、と思いながら
同じ時給、同じ立場、同じ受付という看板の中で、走り続ける人と、座り続ける人がいる。差を埋めるのは、いつも気づいた側の人間です。
カルテを取りに走り、電話を取り、会計の列をさばき終えてから、ようやく自分の入力作業に戻る。それが、私の毎日のリズムになっていました。
(これって、不公平じゃないんだろうか)
口に出して同僚同士で愚痴をこぼせば、また別の波風が立ってしまう。
だから皆、表情を作って、午後の業務に戻っていきます。
それでも、ひとつだけ自分を励ましている言葉があります。
(見ていてくれている人は、ちゃんと見ていてくれている)
院長や、長く勤めているベテランの看護師。誰が走り、誰が止まっているのか。そういう毎日の積み重ねを、静かに把握してくれている人は必ずいるはずだと。
いつか、その目線がきちんと評価という形になって戻ってきてくれることを、ひっそり願っています。それまでは、走り続ける側の人間として、できる範囲で踏ん張るしかないのだと、自分に言い聞かせる日々です。
(誰かと比べて怒っても、私の毎日はよくならないから)
そう静かにつぶやきながら、私は冷めかけた湯のみを口に運びました。
今日もまた、患者さんが受付の窓口に近づく気配がして、椅子の背もたれから身を起こし、白衣の襟元を整えて立ち上がったのでした。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














