「工場閉まるんで、もらってよ」期限が明日の豆腐6丁を持ってきた住人。後日、本音をぶつけてみると
受け取ってしまった六丁
一人暮らしのマンションでの、お盆前のこと。
インターホンの音に出ると、向かいの部屋の男性がビニール袋を手に立っていた。
「これ、いる人いないし」
「工場閉まるんで、もらってよ」
断る間もなく押し付けられて、つい受け取ってしまった。
部屋に戻って中を見ると、入っていたのは豆腐が六丁。表示を確認して固まった。
「明日まで……?」
消費期限は翌日。冷蔵庫はお盆の買い出しで満杯。一人で六丁など、どうやっても無理だった。
「明日までに、六丁……」
朝も昼も夜も豆腐にしたところで、とても追いつかない。
冷蔵庫にも入りきらず、結局ほとんどを泣く泣く処分した。捨てながら、もやもやだけが胸に残った。私の家は、工場の余りものの捨て場ではない。
玄関先で引いた一線
数日後、またインターホンが鳴った。画面には、同じ男性と、同じような袋。
「今度は貰いすぎちゃってさ」
来た、と思った。
前回は受け取って捨てるしかなかった。
同じことを繰り返したくはない。今度は袋を受け取らずに、玄関のドアを開けたまま、できるだけ穏やかに、はっきりと向き合った。
「ありがとうございます。でも私一人だと、いただいても食べきれないんです」
「だから、次からは気にしないでくださいね」
声は少し緊張していたけれど、笑顔だけは崩さなかった。
男性は虚を突かれたように口を開けた。袋を持つ手が、宙で止まる。
「え、あ……そう、なんだ」
「すみません、せっかくなのに」
私が頭を下げると、彼は「いや、こっちこそ」と小さくつぶやき、逃げるように自分の部屋へ引っ込んでいった。
それからの距離感
あの日を境に、玄関のチャイムが鳴ることはなくなった。あれほど続いた突然のおすそ分けが、ぴたりと止んだのだ。期限間際の食材を押し付けられて、こっそり処分するあの罪悪感ともお別れだった。
廊下で顔を合わせれば、向こうから軽く頭を下げてくる。
「どうも」
「こんにちは」
それだけ。袋を提げて立っていた頃の押しの強さは、もうどこにもなかった。
ただの隣人どうしの、ちょうどいい距離に落ち着いた。
角を立てたくなくて、私はずっと笑って受け取っては捨てる、を繰り返していた。けれど一度はっきり伝えただけで、向こうは驚くほどすんなり引いてくれたのだ。
「最初から、こう言えばよかったんだ」
受け取って捨てる日々の間は、自分が善意の形をしたゴミ箱にされている気がしてならなかった。たった一度きちんと線を引いただけで、この身軽さだ。嫌われるのが怖くて飲み込んでいた言葉を、口にしてよかった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














