「あっちの道が良かったのに」何でもダメ出しをしてくる母。だが、私の一言で黙り込んだ
目的地に着いてから始まる母のダメ出し
母と二人で出かけると、決まって同じことが起きる。
私が先に立って道を選び、目的地まで案内する。
ところが着いたとたん、母は必ずこう言うのだ。
「あっちの道が良かったのに」
その言葉を、私はもう何百回聞いたか分からない。行きの道中では何も言わないのに、着いてからいつも後出しでダメを出す。
不思議なのは、行きの分かれ道で母がずっと黙っていることだった。
私が選ぶまで待って、着いてから否定する。まるで、私の判断が外れるのを待っているみたいだった。
知人へ渡すメモを書けば、書き上げたあとで「その書き方はどうかしら」と直しを求める。料理を出せば、食べ終わってから「もっと薄味が良かった」とこぼす。
服を選べば「そっちより地味なほうが」、店を決めれば「隣のほうが良かった」。決まって、もう取り返しがつかなくなってから言うのだ。
先に言ってくれたら、いくらでも合わせるのに。私はいつも、終わったあとで否定される側だった。
「任せるって言ったよね」で固まった母
最初のころは、私もきちんと母に相談していた。
「お母さん、これで進めていい?」
「いいわよ、あなたに任せる」
そう言われて進めると、決まってあとから「やっぱり違う」と蒸し返される。何度もそれが続いて、私はだんだん意見を言うのをやめた。
言っても否定され、黙っていても責められる。どうすれば母の機嫌が直るのか、私にはもう分からなくなっていた。
すると今度は、母の矛先が変わった。
「なんで自分で考えないの?私に聞きなさいよ」
相談すれば「自分で決めなさい」、決めれば「なぜ聞かないの」。出口のない問いを、私はずっと歩かされていた。
相談しても、任せても、どちらでも小言が飛んでくる。二十年続いたその繰り返しに、私はある日ついに口を開いた。
「任せるって言ったよね?」
母の表情が固まる。
「全部終わってから駄目出しされても、私はもう直せないよ。それなら、最初に言ってほしい」
母は言い返そうと口を動かしたが、続く言葉が出てこない。いつも饒舌な母が、そのときだけは沈黙した。
私を責める言葉なら、母はいつだって澱みなく出てきた。その口が、初めて止まったのだ。
「……確かに、私が後から言いすぎていたのね」
しばらくして、母は小さくそう認めた。
それを境に、母の後出しのダメ出しは目に見えて減っていった。今では何かを決める前に、母のほうから意見を口にしてくれる。
たった一言、線を引く。それだけで、二十年こじれていた空気が、驚くほど軽くなったのだった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














