「勝手に片付けたのは誰?」父の葬儀。だが、叔母と母の送り方で意見がぶつかった
20人が座った座敷で、叔母の声だけが上がった
父を送る日、家には親戚が20人ほど集まっていた。
当時、学生だった私にできるのは、湯呑みを運んだり、玄関の靴を並べ直したりすることくらいだった。
枕元には朝から、茶碗に山盛りのご飯と、その真ん中に箸を立てたものが置かれていた。
用意したのは、父の妹にあたる叔母だった。
「私はこうして送るものだって教わってきたの。兄さんにも、ちゃんとしてあげたいから」
叔母はそう言っていた。
一方、母は寺と相談しながら葬儀の段取りを決めていた。
叔母が席を外したあと、母は枕元の茶碗を見て、小さく息をついた。
「悪いけど、それ、いったん下げてくれる?」
「うん」
私は言われた通り、茶碗を台所へ運んだ。
昼になると、叔母はもう一度、新しいご飯を盛った茶碗を枕元に置いた。
母はそれに気づくと、私に小声で言った。
「ごめん。これも下げてくれる?お寺さんにも確認して、うちはこの形では供えないことにしたから」
私は再び茶碗を台所へ運んだ。
夕方、親戚が座敷にそろったころだった。
叔母が枕元を見て、急に足を止めた。
「あれ…ご飯は?」
母が顔を上げた。
「下げたよ。今日は、お寺さんと相談して決めた通りにするから」
「でも、あれがないとだめなのよ。私はずっと、そう教わってきたんだから」
叔母の声は少し震えていた。
怒っているというより、父をきちんと送れないのではないかと焦っているようにも見えた。
「気持ちは分かるよ。でも今日は、この家で決めたやり方で送らせて」
母がそう返すと、叔母は枕元と母の顔を交互に見た。
「じゃあ…勝手に片付けたのは誰?」
座敷が静かになった。
「僕です。母さんに頼まれて」
私が答えると、叔母は驚いたようにこちらを見た。
「あなたが?まだ学生でしょう。こういうこと、分からないのに…」
そこまで言ったところで、父の兄にあたる伯父が湯呑みを置いた。
「もういいだろ。お前があいつのことを思ってるのは分かるよ」
叔母は黙った。
「でも今日は、この家で決めた通りにしよう。な?」
「私は…ちゃんとしてあげたかっただけなのよ」
「うん。それは分かってるよ」
伯父が静かに返すと、叔母はしばらく何も言わなかった。
やがて視線を落とし、座敷の端へ下がった。
葬儀が終わっても、同じ話は何度も続いた
その夜、片付けを終えた台所で、母が私に声をかけた。
「さっき、大丈夫だった?」
「うん。でも、みんなの前で『勝手に片付けたのは誰』って言われたときは、ちょっと焦った」
母は急須を持ったまま、「ごめんね」と小さく言った。
葬儀が終われば、あの日のこともそれで終わると思っていた。
しかし、その後も叔母から電話がかかってきた。
「あのときの送り方、本当にあれでよかったと思ってる?」
「昔からのやり方にも、ちゃんと意味があるのよ」
最初のうちは私も話を聞いていた。
叔母なりに、兄である父を大切に思っていたことも分かっていたからだ。
ただ、何度「もう終わったことだから」と伝えても、しばらくするとまた同じ話になった。
母のところにも同じような連絡が続いていたという。
三度目か四度目の電話で、私はとうとう言った。
「叔母さんの気持ちは分かってる。でも、もうその話はやめてほしい」
それ以降、叔母からの電話には出なくなった。
母も少しずつ連絡を控えるようになり、家族と叔母との距離は次第に開いていった。
長い年月が過ぎても、叔母との距離は戻らなかった
父の葬儀から、30年以上が過ぎた。
ある法事を前に、母が仏壇の前で案内状を書いていた。
伯父や親族の名前が並ぶ中に、叔母の名前はなかった。
私が何も言わずに見ていると、母は筆を置いた。
「今日は、お父さんのための日だからね」
それだけだった。
叔母を責める言葉も、あの日のことを蒸し返す言葉もなかった。
先日の法事も、静かなものだった。
焼香のあいだ、あの日、何度も枕元に置かれた茶碗のことを口にする人は誰もいなかった。
ただ私は、父を大切に思う気持ちは同じでも、「どう送るのが正しいのか」という考え方ひとつで、家族の距離まで変わってしまうことがあるのだと、今でもあの日を思い出すことがある。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














