「昼間は仕事でしょう?」働いているから無理と決めつけられた私。だが、他の住民の言葉に救われた瞬間
同じような言葉を、3度聞いた
五十代になった今も、私は働きに出ている。若いころに学校へ通い直して取った資格が、そのまま今の仕事につながった。
同じ通りの少し先には、私と同じ年ごろの女性が住んでいる。
5人の子どもを育てていて、その家の前はいつも賑やかだった。
私には子どもがいない。体のことで難しかった時期があったが、そのことは自分の中ではもう整理がついている。
その女性とは、集積所や坂の途中でよく顔を合わせた。天気の話をしていても、なぜか最後は仕事の話になる。
「まだ仕事、続けてるの?」
「うん。ずっと同じところで」
「いいわね。資格があると、ずっと働けるものね」
少し間を置いて、彼女は続ける。
「うちは子どもが5人いるから、そんな余裕なかったけど」
春に一度、夏に一度、秋にもう一度。似たような言葉を3度聞いた。
私はそのたびに「そうなんだね」と返した。子どもがいる暮らしと、いない暮らしを比べたいわけではない。ただ、毎回どこか比べられているような気持ちだけが残った。
「昼間は難しいんじゃない?」
その年の暮れ、近所の人が十人ほど集まり、冬の当番を決める会があった。
長机を囲んで順番を確認していると、私の名前が出たところで、向かいに座っていた彼女が言った。
「でも、昼間はお仕事でしょう?当番は難しくない?」
心配しているような口調だった。それでも、また先に決められてしまったような気がした。
いつもなら笑って流していたと思う。けれど、その日は顔を上げた。
「平日の昼は難しいです。でも、日曜なら出られますよ」
彼女は「あ、そうなの」と少し驚いた顔をした。
私は少し迷ってから続けた。
「できる日もあるので、最初から無理って決めないでもらえると助かります」
すると、少し離れた席にいた年上の女性が顔を上げた。
「そうよ。私も前に助けてもらったのよ」
急に当番へ出られなくなった日に、私が代わったことを話してくれた。
その隣にいた人も頷いた。
「私も助けてもらったことあるわ。名簿、家まで届けてもらったでしょう」
二人とも、誰かを責めるような言い方ではなかった。ただ、覚えていたことを口にしてくれただけだった。
彼女は当番表へ目を戻した。
「そっか。昼はいないから難しいと思ってた。じゃあ、この日曜はどう?」
私は日にちを確認した。
「その日なら大丈夫です」
「じゃあ、お願いしていい?」
「はい」
話はそれだけで次へ進んだ。
会が終わると、彼女とは途中まで同じ道を歩いた。少し気まずくなるかと思ったが、話したのは来月の資源回収のことだけだった。
それ以来、顔を合わせても、仕事や資格と子育てを比べるような話はされなくなった。
大きく何かが変わったわけではない。ただ、ずっと笑って流していたことを一度言葉にしただけで、相手との距離は少し変わったように感じている。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














