「俺にだって、もらう権利はあるんだからな」母の介護には一度も来なかった弟。だが、叔母が突きつけた母の介護の現実
仕事帰りに通った実家
母の介護をしていたころ、僕は仕事が終わると、その足で実家に寄るのが日課でした。夕飯を作り、母が眠るのを見届けてから、自分の家に帰る毎日でした。
弟にも何度か手伝ってほしいと頼みましたが、返ってくるのはいつも同じ言葉でした。
「兄貴がいるなら、大丈夫だろ」
僕にも仕事があり、決して余裕があったわけではありません。それでも、弟と言い争っている時間があるなら、母のそばにいてあげたいと思っていました。
母は5年ほど前に病気で亡くなりました。入院してからも弟が見舞いに来ることはなく、最後の日まで病室に姿を見せませんでした。
ところが葬儀が終わってしばらくすると、弟が実家へ来るようになったのです。
ある日、僕が居間で母の書類を整理していると、弟が向かいに座り、こう尋ねてきました。
「で、母さんの貯金、どのくらいあったの?」
「今、調べてるところだよ」
「俺にだって、もらう権利はあるんだからな」
「それは分かってるよ。でも、介護してたときは一度も来なかったよな」
「今は遺産の話をしてるんだろ?」
確かに、介護をしなかったからといって、弟の相続する権利がなくなるわけではありません。
ただ、母が生きている間は顔も見せなかった弟が、お金のことばかり気にしているのは、正直つらいものがありました。
言い合いになりそうでしたが、母の家で兄弟げんかをするのは嫌で、その日は話を打ち切りました。
叔母が見せた母の手帳
後日、遺産について改めて話し合うことになり、母の妹である叔母も実家に来てくれました。
居間のテーブルの片側に僕と叔母、向かいに弟が座りました。
話が始まると、弟は強い口調で言いました。
「兄貴が介護したのは勝手だろ。子どもなんだから、同じだけもらうのが普通じゃないのか?」
「勝手って……。僕だって、ひとりで全部やりたかったわけじゃないよ」
思わずそう返しましたが、弟は納得していない様子でした。
すると、それまで黙って聞いていた叔母が口を開きました。
「ちょっと、これを見てくれる?」
叔母がかばんから取り出したのは、母の手帳でした。
「お母さんの最後の日まで、あなたは一度も来なかったでしょう」
弟は叔母の顔を見ましたが、何も答えませんでした。
叔母は手帳を開き、弟の前に置きました。
「お母さんね、来てくれた人のことを毎日ここに書いていたの、感謝の言葉と一緒にね」
弟は手帳を手に取り、何枚かページをめくりました。
「病院のお金も、全部お兄さんが払っていたのよ。お兄さんがどれだけ頑張っていたか、少しは考えてあげて」
弟はしばらく手帳を見つめていましたが、やがてテーブルに戻しました。
「これを見ても、まだ同じことが言える?」
叔母が尋ねると、弟は目をそらし、黙ってしまいました。
僕も弟から謝ってほしくて介護をしていたわけではありません。ただ、あの時間を「勝手にやったこと」と片づけられたのが、悲しかったのです。
その後も遺産の分け方について話し合いを続け、弟が受け取る額は500万円ということで合意しました。
弟はそれ以上言い争うこともなく、話し合いが終わると帰っていきました。
玄関の戸が閉まったあと、叔母が手帳を僕に渡してくれました。
「お母さん、ちゃんと見てたのよ」
その言葉を聞いて、仕事帰りに実家へ通っていた日々を思い出しました。
僕は母の手帳を受け取り、叔母に深く頭を下げました。
弟はその後、合意した500万円を受け取りました。
母の介護をしていた時間が、お金に換えられるとは思いません。それでも、あの日、叔母が母の手帳を見せてくれたことには、今も感謝しています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














