「あなたの好物知っているのよ」一度も話していない好物を覚えていた義母。気を使いすぎた私が抱えたジレンマ
玄関先で差し出された見送りの言葉
義実家で過ごす数時間は、私にとって肩がずっと固い時間です。
義母は穏やかな人で、声を荒げることも露骨に何かを言ってくることもありません。
それでも一緒の空間にいると、言葉選びや座り方ひとつまで気を張ってしまい、帰宅する頃にはぐったりしているのが常でした。
その日も帰り際、玄関のたたきで靴を履いていた時のことです。
普段は廊下の途中で軽く頭を下げて見送る義母が、なぜかその日は玄関まで降りてきました。
私は反射的に背筋を伸ばし、何か粗相があったのかと一瞬身構えたのです。
けれど義母は、視線をふわりと和らげてこう言いました。
「ゆっくりしていってね」
もう帰ろうとしている私への言葉としては、少し場面が遅い気もしました。
けれど口調は柔らかく、いつもとは違う笑みが浮かんでいたのです。
優しさに身構えてしまう自分
私は咄嗟にお礼を返しました。
けれど胸の奥はざわざわと落ち着かないのです。少し前、リビングで季節の話をしていた時にも、義母はふいに冷蔵庫から皮を剥いた果物を持ってきて、私の前に差し出していました。
一度も義実家で口にしたことのない好物だったのです。視線を上げると、義母は穏やかな声でこう続けました。
「あなたの好物知っているのよ」
夫から聞いたのか、いつから覚えていたのか、頭の中で問いが回りました。
普段は最低限の挨拶しか交わさない人が、ふいに距離を縮めてきた瞬間、私は喜びよりも先に警戒する癖がついていたのです。
(何か、含みがあるのかな。それとも、純粋な見送りなのかな)
義母の表情は柔らかいのに、目の奥は普段と同じ落ち着いた温度を保っていました。
意地悪な物言いは一度もされていません。それでも、本心が見えない人から放たれる優しい一言が、私には何より重いのです。
夫の運転する車に乗り込み、ドアを閉めた瞬間に長く息を吐きました。
隣の夫に「お母さん、今日いつもより優しかったね」と声をかけても、夫はただ「そう?」と短く返すだけでした。
仲良くしている分には、好きになれる人だと思います。怒鳴られた記憶も、嫌味を投げられた記憶もありません。
それなのに、本心が読めない相手の優しさを向けられた瞬間、私は背筋が凍るのです。家に着いてからも胸の奥は静まらず、その日の予定が手につきませんでした。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














