「割り込みではなく、待ち合わせです」先に並んでいた人と合流しようとしたグループ。だが、係員の一言で状況が一変
詰まっていく列に、後から人が増えた
大型テーマパークへ行くと決めてから、私と夫はその朝のことばかり話していた。
混雑を覚悟して前の日は近くのホテルに泊まり、暗いうちに荷物検査の列へ並んだ。
開くまでの時間は長かったけれど、それも含めて楽しみのうちだった。
「早く入って、のんびり回ろう」
私たちより前にいたのは十組ほど。検査を終えた人から入場ゲートへ移り、そこでまた列ができていく。荷物を抱え直しながら、私は前の人の背中についていった。私たちの前には女性の二人組がいて、その前へ後から来た二人がすっと入り込んだ。
朝から角を立てたくなくて、私は黙っていた。
夫も何も言わなかった。ゲートの前はやがて、肩が触れ合うほど詰まってきた。
前へ進むことも、後ろへ下がることもできない。
そのとき、前に入った二人が伸び上がって手を振った。
「こっちだよ、こっち」
呼ばれた女性と子どもたちが、人のあいだをすり抜けて列へ入ってくる。
最初の二人と合わせて、五、六人ぶん。後ろへ断る言葉はなかった。前の二人組が困った顔を見合わせるのが、私の位置からも見えた。
係員の一言で、列は元どおりになった
列の横を歩いてきた係員が、その一行の前で立ち止まった。
声を張らず、少し腰をかがめるようにして話しかける。周りの人が、そっと視線だけをそちらへ向けた。
「恐れ入ります。こちらの列は、あちらの最後尾からお並びいただいております」
呼ばれてきた女性が、明るい声で答えた。悪びれる様子はなく、むしろ当然という調子だった。
「割り込みではなく、待ち合わせです」
係員はうなずいたけれど、言うことは変えなかった。
表情も声の高さもそのままに、もう一度、列の終わりを手のひらで示す。
「お連れさまでしたら、ご一緒に最後尾からお願いできますでしょうか。並んでお待ちの方が、たくさんいらっしゃいますので」
丁寧で、それでいて引かない声だった。
責める調子はどこにもないのに、周りの空気がすっと静かになる。一行は少しのあいだ立ち止まり、それから列を離れて後ろのほうへ歩いていった。
詰まっていた列がゆるみ、押されていた背中がふっと軽くなった。
私たちの前は元の二人組に戻っている。その二人が、通りかかった係員に小さく頭を下げていた。
「ありがとうございます」
口には出さなかったけれど、私もまったく同じ気持ちだった。並んだ時間が、並んだ時間のまま残った。ただそれだけのことが、こんなにうれしい朝もあるのだと思った。開いたゲートの向こうには、まだ誰も歩いていない道がまっすぐ広がっていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














