「入店証は家に忘れた」と言い張った男性。確認できず帰った一週間後、受付に届いた一通の紙
入店証を持たずに来た男性
私が三十代で受付をしていた店は、業務用の商品を扱う会員制の店だった。
入口では会員であることを確認する決まりで、入店証を忘れた人には、受付で名前や登録情報を確認するための手続きをお願いしていた。
週末の昼過ぎ、カートを押す人の列が途切れない時間に、年配の男性が受付へやってきた。
男性は胸ポケットを確かめるように触ってから、少し困った顔で私を見た。
「ああ、入店証は家に忘れた」
「そうでしたか。では、こちらで登録を確認しますので、お名前と登録されているお店のお名前をお願いします」
すると男性は、少し面倒そうに眉を寄せた。
「いや、だから家に忘れたって言ってるだろう。ちゃんと登録してるよ。店のオーナーなんだから」
「はい。ただ、入店証がない場合は、こちらで登録を確認してからのご案内になるんです」
「責任者に聞けば分かるだろ。急いでるんだよ」
後ろには何人か待っている人もいた。私も気にはなったが、確認できないまま通すわけにはいかなかった。
「申し訳ありません。確認が取れればすぐにご案内できますので、お手続きだけお願いします」
「買うものも決まってるのに……面倒だな」
男性はそうつぶやきながら、しぶしぶ名前を書いた。
ところが、登録している店の名前を聞くと手が止まった。
「お店のお名前もお願いできますか」
男性は黙ったまま財布を開き、中を探し始めた。
「ほかに登録内容を確認できるものがあれば、それでも確認します」
しばらく財布の中を見ていた男性は、やがて小さく息を吐いて財布を閉じた。
「……もういい。今日は帰る」
「よろしいですか?」
「いいよ。こんなに時間がかかると思わなかった」
男性はそう言うと、列の横を抜けて出口へ向かった。
交代の時間になり、私は次の担当者にも分かるよう、引き継ぎのノートにその日の出来事を残した。
入店証を忘れた男性が来店し、名前は確認できたものの、登録している店の名前までは確認できず、そのまま帰ったことを書いておいた。
一週間後に届いた苦情
それから一週間ほどたったころ、主任が一枚の紙を持って受付へ来た。
「この日のこと、覚えてる?」
紙には、「受付で入れてもらえなかった」という苦情が書かれていた。
日付を見て、私はすぐにあの男性のことを思い出した。
「はい。入店証を忘れたと言っていた方だと思います」
主任は引き継ぎのノートを開いた。
「登録している店の名前は聞いたんだよね?」
「はい。でも、そこは教えていただけませんでした」
「そうか……こっちにも書いてないんだよ」
主任が見せてくれた苦情の紙には男性の名前はあったが、登録しているという店の名前はどこにも書かれていなかった。
本当に登録店のオーナーだったのか、それとも何か別の事情があったのか。私には分からないままだった。
主任はノートの記録をもう一度確認すると、静かに言った。
「確認できないまま入ってもらうわけにはいかないからね。あの日の対応で大丈夫だよ」
「よかったです。少し気になっていたので……」
主任はうなずき、そのまま事務所へ戻っていった。
結局、あの男性が本当に登録店のオーナーだったのかは、最後まで分かりませんでした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














