「こっちは高いお金を払ってるんだ」温泉旅館で料理の順番に怒った客。しかし、お品書きを見て黙った理由
お品書きとは違う順番で運ばれてきた料理
三十代の私は、その秋、夫と母の三人で温泉旅館に一泊した。
夕食は大広間でいただくことになっていて、畳の上には低いテーブルがいくつも並び、湯上がりの浴衣姿の客でにぎわっていた。
隣のテーブルでは、五十代くらいの男性が一人で食事をしていた。しばらくして、お品書きでは揚げ物のあとに載っていたお造りが、先に男性のもとへ運ばれてきた。
男性は箸を置き、お品書きを手に取った。
「あれ?これ、書いてある順番と違うよね」
若い仲居さんが、その場で頭を下げた。
「申し訳ございません。確認してまいります」
「こっちは高いお金を払って来てるんだから、ちゃんとしてほしいよ」
「プロなんでしょ?」
母は湯のみを持ったまま目を伏せ、夫も黙って食事を続けていた。
周囲の話し声も少しずつ小さくなり、楽しかった広間の空気が急に重くなったように感じた。
仲居さんが広げたお品書きの一枚
少しして、先ほどの仲居さんが戻ってきた。後ろには白い調理服を着た料理長がいて、仲居さんは男性の前にお品書きをそっと広げた。
料理長は紙の下のほうを指した。
「お客様、こちらをご覧いただけますでしょうか」
そこには、料理の状態によって提供する順番を入れ替える旨が書かれていた。
「今夜のお造りは、いちばんおいしい状態で召し上がっていただけるよう、順番を入れ替えております」
男性は黙って、その一文に目を落とした。
「こちらの説明が分かりにくく、申し訳ございません。どうぞ、お造りからお召し上がりください」
料理長がそう伝えると、男性はしばらく紙を見たあと、小さくうなずいた。
料理長と仲居さんが一礼して離れると、男性は何も言わずに箸を取り、お造りをひと切れ口へ運んだ。
しばらくして、隣から小さな声が聞こえた。
「……うまいな」
母が私のほうを見て、ほっとしたように笑った。
「ほんと、おいしいわね」
ちょうどお茶のおかわりを注ぎに来た仲居さんは、その言葉を聞くと、少しだけ表情をやわらげた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














