出典:山添 拓 事務所X(@yamazoejimusyo)
平和の願いか責任の転嫁か。亡くなった生徒を政治利用するかのような主張に漂う強い違和感
日米首脳会談という外交の重要局面を前にした2026年3月19日夜、東京の国会前では大規模な抗議デモが実施されました。主催者発表によれば1万1000人が集結し、高市政権が進める安全保障政策や憲法改正への動きに対して強い反対の意を表明しています。
この集会で注目を集めたのは、共産党の山添拓政策委員長による発言でした。山添氏は、ホルムズ海峡への自衛隊派遣の可能性に触れつつ、訪米中の首相を厳しく批判。さらに憲法9条について、この国に9条があって本当に良かったと述べ、9条が働いて高市さんの暴走を止めるために頑張ってくれているという表現で、その重要性を強調しました。
一方で、SNSやネット上ではこの論理に対して冷ややかな視線も送られています。特に、イランによる攻撃が懸念される国際情勢下で、対話や憲法のみを盾にする姿勢が現実的な国防に繋がるのかという懸念です。
また、社民党の服部良一幹事長の発言も波紋を広げています。服部氏は、沖縄県辺野古沖で発生した同志社国際高校の生徒ら2人が死亡した船転覆事故に言及。安全対策の必要性を認めつつも、そもそも辺野古の新基地建設を続けるのが悪い、埋め立てをしなければ事故は起こり得なかったと主張しました。
しかし、この主張には強引さを拭いきれない側面があります。海上の事故は、当時の天候判断や運航管理体制に直接的な原因があるはずですが、それをすべて政治的な基地問題に帰結させる姿勢は、亡くなった生徒や遺族の心情を置き去りにしているのではないかという批判も免れません。
SNSでは、多様な意見が飛び交っています。
『基地建設がなければ事故が起きなかったというのは、あまりに飛躍しすぎた論理ではないか。安全管理の責任を政治にすり替えているように見える』
『9条が頑張っているという表現に違和感がある。憲法は魔法の杖ではなく、現実の脅威からどう国を守るかが議論されるべきだ』
『イランの情勢を考えれば、同盟国としての役割を果たすのは当然。反対を叫ぶだけで対案が見えないのが残念だ』
『一部の過激な発言が、本来の平和を願う人たちの声をかき消してしまっている気がする』
平和を守るという目的は共通していても、その手法や現状認識において、国民の間の溝は深まるばかりです。
特に、痛ましい事故を政治利用していると捉えられかねない発言は、かえって世論の反発を招く可能性もあります。














