
理不尽な要求に疲弊する教師たち。給食着の洗濯をめぐる「言ったもん勝ち」の構図
月曜の朝、多くの家庭では新しい一週間への期待と慌ただしさが交錯します。しかし、ある小学校教師にとって、その時間は絶望の象徴でした。近藤麻奈さん(仮名、47歳)が目にしたのは、ビニール袋の中でぐちゃぐちゃに丸められた、給食の染みが残る白衣。先週の当番だった児童が、一度も洗わずに返却したものです。これをそのまま次の子に着せるわけにはいかない。怒鳴り込んでくる保護者の顔が浮かび、麻奈さんは結局、自分の家でその白衣を洗う道を選びます。
20年以上教育の現場に身を置いてきた麻奈さんですが、今年3月に退職を決意しました。その背景には、こうした白衣の洗濯に象徴される、あまりに身勝手な一部の保護者からの要求と、それを放置する学校組織への不信感がありました。
なぜ家で洗わなければならないのか、アイロンなんて無理。そんな声が当然のように教員にぶつけられます。麻奈さんは、自分も働きながら子育てをしてきたからこそ、親の大変さは理解しているつもりでした。しかし、返ってくるのは感謝ではなく拒絶。学校側も騒ぎを恐れ、教師にだんまりを要求する。真っ当に教育をしたいと願う教師ほど、その板挟みで心を削られていくのです。
この現状に、SNS上では多くの声が寄せられています。
『共有の物を大事に使う、次の人が使いやすい様にしておく等の気遣いが減ってきたのかなとは思います』
『結局面倒だと思う事は、いじめに遭っている人に負担が回ってきます』
『共有の白衣に柔軟剤のニオイが強くついていて、食欲が減退する子もいる。個人で用意する学校が羨ましい』
かつては共同作業の象徴だった給食当番が、今や家庭の負担、あるいは教師の無償労働によって支えられる危ういシステムへと変質しています。麻奈さんが危惧するのは、親がルールを無視する姿を見て育つ子どもたちの未来です。
言ったもん勝ちが通用する場所で、真面目な子どもや繊細な教員が一番の割を食う。そんな環境で、質の高い教育を維持するのはもはや不可能に近いのかもしれません。令和6年度に精神疾患で休職した公立校の教師は7000人を超えました。
危機管理の専門家も、この疲弊を社会全体の問題として捉え直すべきだと警鐘を鳴らしています。
白衣一枚の洗濯という小さな出来事の裏には、日本の教育現場が抱える深刻な地獄が隠れているようです。














