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凄惨な死亡ひき逃げ事故の背景にある高齢ドライバー特有の心理と世論の葛藤
見通しの良い直線道路で、歩行者の男性が後ろからはねられて命を落とすという痛ましい事件がありました。自動車運転死傷処罰法違反などの疑いで逮捕された71歳の男は、何かにぶつかったことは認めつつも、その対象については覚えていないと話しているそうです。
テレビのニュース番組で公開された防犯カメラの映像には、信じられない光景が映っていました。車のフロントガラスがクモの巣状に激しく割れているにもかかわらず、ブレーキを踏んで減速する様子もなく、まるで何事もなかったかのように一定の速度で淡々と直進を続ける白い車。そのあまりにも不自然で平然とした走り去り方に、多くの人が背筋の凍るような恐怖を覚えたのではないでしょうか。
インターネット上では、このショッキングな事故の状況と容疑者の呆れた弁明に対して、怒りの声が数多く飛び交っています。
『相当の衝撃があっただろうし、フロントガラスが破壊されているのに停止もしないなどあり得ない』
どんな事情があろうとも、一人の尊い命が奪われた事実は決して消えません。容疑者に対して厳格な処分を求める感情が高まるのは当然の流れと言えます。
一方で、今回の事件をきっかけに、現代社会が抱える高齢者の移動手段という根深い問題に目を向ける人々も少なくありません。
『無理に取り上げると生活が成り立たない人もいるだろうし、そもそも年齢別の免許保有者あたりの事故率が最も高いのは高齢者ではなく25歳未満の若年層』
車がないと日々の買い物すらままならない地域に暮らす人々にとっては、運転をやめることは生活の崩壊に直結します。年齢という数字だけで一律に制限をかけることの難しさを、改めて痛感させられる意見です。
専門家からは、今回の不可解な行動の背景について、自分の衰えを認められないエイジングパラドックスや、衝撃的な現実を受け入れられずに記憶から消し去ってしまうトラウマ性の健忘の可能性が指摘されています。人間、誰しも自分に都合の悪い現実からは目を背けたくなるものですが、他人の命が関わる運転となれば話は別。恐ろしいのは、これが明日は我が身かもしれないという点です。
車が避けてくれるという前提を疑い、自分の身は自分で守る防衛策を講じなければいけないという指摘には、なんとも切ない気持ちにさせられます。














