「ここに止めて大丈夫ですよ」ベビーカーで乗った母親。最後まで声をかけられなかった私が後悔した瞬間
乗り口でためらっていた親子
平日の夕方前、私はバスの窓側の席に座っていました。
停留所で扉が開くと、ベビーカーを押したお母さんが乗り口の前で少し立ち止まりました。車内の様子を確認しているようでした。
「ベビーカー、このままでも大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ。ゆっくり乗ってください」
運転手がそう答えると、お母さんは何度も頭を下げながらベビーカーを押して乗ってきました。
車内は満員ではありませんでしたが、二人掛けの席にはそれぞれ一人ずつ座っているところが多く、まとまって空いている席はありません。
お母さんはベビーカーを邪魔になりにくい場所に止め、ストッパーをかけました。そして片手で持ち手を握ったまま立っていました。
眠そうな子どもは、ベビーカーの中で静かにしています。
私はその様子を見ながら、「席を替わったほうがいいかな」と思いました。
ただ、声をかけるタイミングを迷っているうちに、バスは発車してしまいました。
誰も何も言わないまま、停留所を過ぎていく
バスが揺れるたび、お母さんはベビーカーが動かないように持ち手を押さえていました。
すぐ近くの優先席には、杖を持った高齢の男性が座っています。その男性も座席を必要としているように見えました。
だから、その人が席を立たないことについて、私は何とも思いませんでした。
むしろ気になったのは、私自身を含め、そのほかの乗客が誰も声をかけなかったことです。
一人で二席を使っている人がいるわけでもありません。少し詰めたり、席を替わったりすれば、お母さんが座れる可能性はありました。
それでも車内には、何となく声を出しにくい空気がありました。
「ここ、座りますか」
その一言を言えばいいだけなのに、私は何度も考えては、結局言えませんでした。
お母さんも周囲を責めるような様子はなく、ただ揺れに合わせて体勢を整えながら立ち続けています。
降りていく背中を見て、ようやく後悔した
三つほど停留所を過ぎたところで、お母さんが降車ボタンを押しました。
バスが止まると、運転手はすぐには発車せず、親子が安全に降りられるよう待っていました。
「慌てなくて大丈夫ですよ」
その言葉に、お母さんは「ありがとうございます」と答えて、ゆっくりベビーカーを押して歩道へ降りていきました。
扉が閉まり、バスが再び走り出します。
私はそこで初めて、自分の隣の空いた部分を見ました。
あのとき少し体をずらして、「ここに座りますか」と聞いてみればよかった。
断られたとしても、それで困ることはありません。
それなのに私は、「誰かが声をかけるだろう」と思ったまま、最後まで何もしませんでした。
ベビーカーで移動している人を見かけると、今でもあの日のことを思い出します。
席を譲るべき人を探すよりも、まず自分にできることを考えればよかった。そんな小さな後悔が、今も残っています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














