「あんた、香典いくら包んだの?」焼香を待つ列で親戚が突然聞いた一言。だが、その場で誰も止められなかった理由
列の三つ前から、その声は飛んできた
祖母の式の日、私は焼香の列の真ん中あたりに立っていた。
前にも後ろにも親族が並び、数えれば20人ほどの列だった。
式場の外は小雨で、玄関には黒い傘が並んでいた。長く入院していた祖母の式ということもあり、親族の中には十年ぶりに顔を合わせる人もいた。
私の三つ前に立っていた親戚が、前にいる男性へふいに声をかけた。
「そういえばさ。あんた、香典いくら包んだの?」
聞かれた男性が、ゆっくり振り返った。
「…え?」
「いや、香典。いくらにしたのかなと思って」
「今、それ聞きます?」
男性は困ったように笑いながら、声を落とした。
「その話は……またあとでいいですか」
ところが親戚は、悪気がある様子もなく首をかしげた。
「別にいいじゃない。聞いただけだよ」
男性は返事をせず、前を向いた。耳まで赤くなっているのが、私の位置からでも分かった。
親戚は昔から、法事などで顔を合わせると、家のことやお金のことまで遠慮なく聞いてくるところがあった。
列の動きが一瞬止まり、近くにいた人たちの視線がそちらへ向いた。叔母は目を伏せ、後ろからは数珠を握り直す小さな音がした。
前を向いたまま、順番が来た
隣にいた従兄が、私にだけ聞こえる声で言った。
「……あれ、ちょっと言ったほうがよくない?」
「うん。さすがにね……」
「俺、言おうか」
従兄が前へ顔を向けた、そのときだった。
「でも……もう順番来るよ」
私がそう言うと、従兄は一度口を開きかけて、そのまま閉じた。
「……そっか」
数珠を握り直す手に、少し力が入っていた。
私も前を向いた。
祖母の遺影は、私が去年撮った写真だった。いつものように笑っている顔を見ていると、ここで親戚同士が言い合いになるのも違う気がした。
もちろん、「今それを聞く話じゃないでしょう」と言えばよかったのかもしれない。それでも、その場では声が出なかった。
線香の匂いが濃くなり、列がひとつぶん前へ進んだ。
司会の男性が、少し間を置いてから穏やかに声をかけた。
「それでは、順番に前へお進みください」
その声で、止まっていた空気が少しだけ動いた。
やがて私の番が来た。香をつまみ、遺影に向かって頭を下げる。
席へ戻って振り返るころには、列は半分ほどになっていた。さっきの親戚は何事もなかったような顔をしていて、精進落としの席では別の話をして笑っていた。
結局、その場で「あの聞き方はよくない」と本人に言った人はいなかった。
控室でも、誰もその話を持ち出さなかった。従兄も叔母も私も、天気のことや祖母の思い出ばかり話していた。
帰りの車で、しばらく誰も口を開かなかった。
窓の外を見ていた母が、ぽつりと言った。
「……あそこで言い合いにならなくて、よかったのかもね」
少し間を置いて、母は続けた。
「おばあちゃん、ああいう空気、いちばん嫌がったから」
「うん…そうだね」
私が答えると、父はハンドルを握ったまま小さく息を吐いた。
ワイパーが二度動き、信号が青に変わった。
後部座席には、祖母の写真を包んだ風呂敷が置かれたままだった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














