「あなたなら分かってくれると思って」常連客に40分引き止められた私。翌週、私が見た光景とは
窓際の席は、あの人の指定席だった
飲食店のホールで働いていたころ、窓際のいちばん端にある席を気に入っているおばあちゃんがいました。
週に一度か二度、だいたい同じ時間に来る常連さんでした。
「今日も、あそこ空いてる?」
「空いてますよ。どうぞ」
「よかった。やっぱりここが落ち着くのよね」
会計のときには、「今日もありがとう」「あなたはいつも感じがいいね」と声をかけてくれます。私も新人の子には、「窓際に座る方、よく来てくださる優しい方だよ」と話していました。
その日も、最初はいつもと変わりませんでした。同じ席に座り、いつものように注文をして、食事を終えたところまでは普通だったのです。
ところが、食べ終えるとかばんから折りたたんだ新聞を取り出しました。
「ねえ、ちょっとこれ見てくれる?」
「はい、少しなら」
紙面をのぞくと、政治の記事でした。
「これ、おかしいと思わない?私、どうしても納得できないのよ」
最初は世間話のつもりで相づちを打っていました。
「そうなんですね」
「でもね、みんな分かってないのよ。だって、ここを見て」
話すうちに少しずつ声が大きくなり、同じ場所を何度も指で叩きます。
私は空いた皿を下げようと手を伸ばしました。
「あ、こちら下げますね」
すると、おばあちゃんがこちらを見ました。
「まだ話は終わってないの」
思わず手を止めました。
翌週、その席はずっと空いたままだった
しばらくして、私はもう一度声をかけました。
「すみません。そろそろ閉店の時間も近くて……」
「分かってるわよ。でも、もうちょっとだけ聞いて。あなたなら分かってくれると思って」
普段は穏やかに笑っている人だっただけに、どう話を切り上げればいいのか分かりませんでした。
厨房を見ると、店長がこちらを気にしていました。代わろうか、と聞くような顔をされましたが、私は小さく首を振りました。いつもの常連さんだから、もう少しすれば自分から話を終えてくれるだろうと思ったのです。
けれど話はなかなか終わりませんでした。
途中でほかのお客さんが二組入り、その対応をしながら何度か席を離れました。それでも戻るたびに、「それでね」と話は続きます。
気づけば、最初に新聞を見せられてから40分ほど経っていました。
ようやくおばあちゃんが時計を見て、目を丸くしました。
「あら…もうこんな時間?」
そして新聞を慌ててたたみました。
「ごめんなさいね。私、夢中になると止まらなくなっちゃって」
「いえ……大丈夫です」
そう答えましたが、正直、少し疲れていました。
会計を終えると、おばあちゃんはいつもの笑顔に戻りました。
「今日もありがとう。また来るわね」
「はい。お気をつけて」
ドアが閉まったあと、店長が窓際のグラスを片づけながら聞きました。
「大丈夫だった? ずいぶん長かったね」
「びっくりしました。いつもと全然違ってて……」
「次に同じ感じになったら、無理しないで呼んでね」
私は「はい」と答えました。
けれど翌週、いつも来る時間になっても、その席におばあちゃんは現れませんでした。
その次の週も、その次も同じでした。
どうして来なくなったのかは分かりません。予約をしていたわけでもなく、こちらから確かめる方法もありませんでした。
それでも入口の鈴が鳴るたび、しばらくは反射的に窓際の席を見ていました。
ひと月ほど経った閉店後、新人の子が窓際のテーブルを拭きながら聞きました。
「前に言ってた、窓際の優しい人って……どの方ですか?」
私は少しだけ手を止めました。
「最近、来てないんだよね」
それだけ答えて、空いたままの椅子を元の位置に戻しました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














