「職場にいざこざを持ち込まないで」乾杯の挨拶で夫婦の職場事情を持ち出した上司。思わぬ言葉に会場が静まった
三分の挨拶で、同じ話が二度出た
いとこの結婚披露宴で、乾杯の音頭を取ったのは、新郎新婦の職場の上司だった。
二人は同じ会社で出会い、同じ部署で働いている。私は末席で、注がれたばかりのグラスを持っていた。
司会が名前を読み上げると、会場の後ろのほうから拍手が起きた。
上司はポケットから折りたたんだ紙を出したものの、ほとんど目を落とさないまま話し始めた。
最初は、ごく普通の挨拶だった。
「二人とも、本当によくやってくれています。忙しいときも助けてもらっていますよ」
少し間を置いて、上司は新婦のほうを見た。
「特に新婦はね、段取りが早いんです。こっちが言う前に、もう終わってることもあるくらいで」
新婦側の親族席から、小さな笑い声が聞こえた。ここまでは、和やかな雰囲気だった。
ところが、上司の表情が少しだけ変わった。
「ただね…一つだけ、二人にお願いしておきたいことがあるんです」
会場が静かになる。
「夫婦だから、そりゃいろいろあると思います。でも、その…家のことを職場まで持ってこられると、周りもどうしていいか分からなくなるんですよ」
少し笑いが起きるかと思ったが、ほとんど誰も笑わなかった。
上司は、その空気に気づいたのか気づかなかったのか、そのまま話を続けた。
「まあ、職場では仕事に集中してもらってね。夫婦のいざこざは、できれば家で解決してください。お願いしますよ」
それから仕事ぶりについてもう少し話し、締めくくりに入った。
「これから二人で仲良くやっていってください。あと……本当に、いざこざだけは職場に持ってこないでくださいね」
二度目だった。
「それでは、お二人の末永い幸せを願いまして……乾杯!」
「乾杯」
声は揃った。グラスの音も鳴った。
けれど、拍手はいつもの披露宴より短かった。私の前に座っていた男性は、グラスを持ったまま周りを見ていて、拍手をするタイミングを逃したようだった。
高砂の二人が、しばらく持ったままだったグラス
高砂を見ると、新郎新婦は乾杯をしたあとも、しばらくグラスを手にしたままだった。
新郎が新婦のほうを見る。新婦も笑顔は作っていたが、さっきまでより表情が硬く見えた。
隣に座っていたいとこの母が、小さく息を吐いた。
「…あれ、ここで言わなくてもよかったわよね」
私はグラスをテーブルに置いた。
「ですよね。ちょっとびっくりしました」
「会社で何かあったのかしらねえ」
「何かあったのかもしれませんけど……今日言う話じゃないですよね」
「そうよね。せっかくのお祝いなのにね」
いとこの母はそう言って、高砂を気にするようにもう一度見た。
上司は席に戻ると、隣の人から何か話しかけられていた。
怒っているようには見えなかった。あれだけ繰り返したのだから、職場で何か気になっていたことがあったのかもしれない。
ただ、それを聞いた新郎新婦がどう受け取ったのかは分からなかった。
近くにいた新婦の友人らしい二人も、顔を寄せていた。
「今の、ちょっときつかったね」
「うん……びっくりした」
それだけ言って、二人とも高砂のほうを見た。
しばらくして、司会が明るい声を出した。
「それではみなさま、お食事を楽しみながら、どうぞごゆっくりお過ごしください」
少しずつ会話が戻ってきた。
高砂では、新郎がようやくグラスをテーブルに置いた。新婦もそれに続いた。二人は顔を見合わせ、何か短く言葉を交わしていた。
職場では、本当に困ることがあったのかもしれない。
それでも私は今でも、あの乾杯の挨拶を思い出すたびに、「言うなら、今日じゃなかったよな」と思ってしまう。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














