「バスもあったほうがいいだろ」喪主の私に相談せず話を進める叔父。だが、父が私の顔を見て放った一言
祖母を支えるようになって、8年がたった
祖母が左手の指を折ったころから、私は通院に付き添ったり、食事を届けたりすることが増えました。
福祉の仕事をしていることもあり、家族の中では私が頼られることが多かったのです。
それから8年。祖母を見送り、長く身の回りを支えてきた私が喪主を務めることになりました。
母の弟である叔父たちは、その8年間、一度も祖母の面会に来ませんでした。葬儀の費用について連絡しても返事はなく、会場や返礼品、車の手配にかかる費用は父がすべて引き受けてくれました。
葬儀前日の夕方、私は会館の一室で係の方と席次を確認していました。そこへ、叔父の一人が入ってきました。
机の上の紙を見るなり、叔父が言いました。
「俺の知り合いにも何人か声をかけたんだ。席、もう少し増やせないか?」
私は思わず叔父の顔を見ました。
「え?身内だけでやるって決めたよね」
「でも、せっかく来てくれるって言ってるんだぞ。席くらい何とかなるだろ」
さらに叔父は、思い出したように続けました。
「それと、祖母ちゃんの町から送迎のバスも出したほうがいいんじゃないか? 遠い人もいるしさ」
「今から?もう明日だよ。手配だって決まってるし…」
私が困っていると、入口のほうから父の声がしました。
「明日の喪主は誰なんだ?」
「ちょっと待て。今、何の話をしてるんだ?」
父はそのままこちらへ歩いてきて、持っていた湯呑みを机の端に置きました。
叔父は父にも同じように説明しました。
「せっかく見送りたいって人がいるんだから、席を増やしてもらおうと思って。バスもあったほうがいいだろ」
父は席次表ではなく、まず私の顔を見ました。それから叔父に向き直りました。
「明日の喪主は誰なんだ?」
叔父は一瞬黙り、私のほうを見ました。
「…この子だろ」
「だったら、先に本人に聞かないとな。もう決めて準備してるんだから」
「いや、俺はよかれと思って…」
「それは分かる。でも、明日見送る形を決めるのは喪主だろ」
父の声は最後まで静かなままでした。
叔父もしばらく黙っていましたが、やがて「分かったよ」と席次表から手を離しました。追加の席も送迎バスも、その場で話は終わりました。
翌日、葬儀は予定していた形で始まりました。
式を終えて控室に戻ったあと、私は従妹に前日のことを話しました。
「父がね、『明日の喪主は誰なんだ』って聞いてくれたの」
「そうだったんだ」
「怒ってる感じじゃなかったんだけど、あれでやっと話が止まって」
廊下を見ると、父は係の方に頭を下げながら最後の確認をしていました。
自分がお金を出したことを一度も持ち出さず、ただ私が喪主として決めたことを守ってくれた父。その姿を見ながら、私はようやく肩の力を抜くことができました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














