「後ろだとうちの子が映らないんで」参観日で撮影を続ける父親→先生に声をかけられても動かなかった父親。その後に気づいたこと
教室の前に出たまま、腕を上げ続けていた
姉の代わりに、甥の参観日へ顔を出した。幼稚園の教室は、貼り出された画用紙で壁が埋まっている。後ろに並んだ保護者は十人ほどで、私はいちばん端に立った。
授業が始まってすぐ、前のほうにいた父親が携帯電話を構えた。撮影は禁止されていない。ただその人は、保護者が立つ位置から離れ、子どもたちの斜め前まで出ていった。
先生が一度、やんわりと声をかけた。
「お父さん、すみません。そこだと子どもたちからこちらが見えにくくなるので、後ろの線までお願いできますか」
父親は携帯電話を構えたまま、少し困ったように答えた。
「いや、後ろだと、うちの子が映らないんで」
「そうですよね。撮ってあげたいですよね。ただ、みんなが見えるようにしたいので、ご協力お願いします」
先生はそう言って授業へ戻った。
けれど父親はその場から動かず、腕も下ろさなかった。教室の時計の針は、そこから5分ほど進んだ。
歌が始まると、今度は父親が自分の子へ声をかけた。
「ほら、前向いて。こっちじゃなくて先生見て」
少しして、また声が飛ぶ。
「ちゃんと歌って。ほら」
決して怒鳴っているわけではなかった。それでも静かな教室ではよく聞こえた。前の列の子が二人、手拍子を止めて父親のほうを見る。
ピアノに合わせていた歌声が少し乱れた。
隣にいた保護者が、困ったように小声でつぶやいた。
「ずっとあそこにいますね…」
私も返事をせず、父親のほうを見た。
先生が近づいたあと、その背中は列に戻った
先生がピアノの手を止めた。
「ごめんね。ちょっとだけ待ってね」
子どもたちにそう声をかけてから、父親のところまで歩いてくる。
先生は父親のすぐそばで、声を落として話した。
「お父さん、すみません。やっぱり後ろまでお願いしてもいいですか」
父親は少し眉を寄せた。
「でも、ここじゃないと顔が見えないんですよ」
「撮って残したいお気持ちは分かります。ただ、今ここに立たれると、ほかのお子さんから私が見えなくなってしまっていて……」
父親は一度、自分の後ろを振り返った。
何人かの子どもが、父親の身体を避けるように首を傾けている。
「ああ…そうですか」
少し間を置いて、父親は携帯電話を下ろした。
「すみません。じゃあ、後ろ行きます」
「ありがとうございます。助かります」
先生は父親と一緒に後ろまで歩き、保護者が並ぶ線のところで足を止めた。
「ここからでしたら大丈夫です」
「はい」
父親は今度はその場所に立ったまま、自分の子を見ていた。
先生がピアノの前へ戻る。
「お待たせしました。じゃあ、もう一回、最初からやってみようか」
「はーい」
子どもたちの声がそろった。
手拍子が始まり、先ほど途切れた歌も、今度は最後まで続いた。
歌い終わると、父親も周りの保護者と一緒に拍手をしていた。
先生は子どもたちを見渡してから、後ろにも笑顔を向けた。
「保護者の皆さんも、ありがとうございました」
教室いっぱいに、もう一度拍手が広がった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














