「今はしまってもらえませんか」混んだ朝の車内でにおいが強い食事をした乗客。だが、隣の男性が伝えた本音
肩の向きだけが、少しずつ変わっていった
その朝も、電車に乗り込むと、そこから先へはほとんど進めなかった。
背中にはすぐ人がいて、私は鞄を胸の前に抱えたまま立っていた。
斜め前にいた人が、抱えていた紙袋の口を開いた。中から食べ物を取り出し、うつむいたまま少しずつ口へ運んでいる。
急いで出てきた朝なのだろうか。最初はそのくらいにしか思わなかった。
けれど、しばらくすると車内ににおいが広がってきた。
目の前の人が少し顔を窓側へ向ける。隣にいた人も、動ける範囲で半歩ほど体をずらした。
誰も何も言わない。それでも、みんな同じように少しだけ体を逃がしているのが分かった。
私も声をかけようか迷った。
「あの…」
そこまで口にしたものの、続きが出てこなかった。
車内で食べること自体を、私がとがめるのも違う気がした。ただ、身動きもできないほど混んでいる今だけは、少しつらい。
隣の男性が、ためらいながら声をかけた
そのとき、隣に立っていた男性が紙袋のほうを見た。
少し迷ってから、遠慮がちな声で話しかけた。
「すみません。ちょっと、においが気になってしまって…」
紙袋を持っていた人が顔を上げた。
男性は申し訳なさそうに続けた。
「かなり混んでるので、できれば今はしまってもらえませんか」
その人は一瞬周りを見てから、手元の袋へ視線を戻した。
「あ…すみません。次の駅で降ります。もうしまいます」
そう言って、残っていたものを袋へ戻し、口を折りたたんで鞄へしまった。
「ありがとうございます。急にすみません」
男性がそう言うと、その人も小さく首を振った。
「いえ、こっちこそすみません」
それ以上の言い合いにはならなかった。
次の駅に着くと、その人は鞄を提げ、降りる人の流れに入ってホームへ出ていった。
扉が閉まり、列車がまた走り出す。
窓のほうを向いていた人が正面へ戻り、私も胸の前で強く握っていた鞄を少し持ち直した。
私は隣の男性に、小さな声で言った。
「言ってくれて助かりました。私も気になってたんですけど、言えなくて」
男性は少し苦笑した。
「僕も迷いましたよ。でも、この混み方だとちょっときついですよね」
「そうですよね」
それだけ話して、二人ともまた前を向いた。
注意した男性も、食べていた人も、強い言葉は使わなかった。少し気まずさは残ったけれど、それ以上空気が悪くなることもなかった。
朝の混んだ車内で、言いづらいことを伝える難しさを感じた出来事だった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














