「この春に撮ったの。黙ってなさい」後輩の写真で店主に取り入る先輩。ファイルから出した一枚に言葉を失った
入口の額に飾る一枚
入口の額に飾る一枚に、先輩は私の写真を出しました
「私は、この一枚を出します。」
6月の雨の水曜日、商店街の写真館でのことです。
チーフの先輩が、店主に向かって言いました。
先週、店主から入口の大きな額に飾る写真を選びたいと相談がありました。
七五三の案内を掲示する場所でもあるため、地元の風景写真を使って、親しみやすい雰囲気にしたいそうです。
私と先輩が一枚ずつ候補を持ち寄り、この水曜日に選ぶことになっていました。
ところが、その翌日、先輩はデータの整理を理由に、私の作業フォルダにあった写真を自分のフォルダへ移してしまったのです。
返してほしいと頼んでも、「整理が済んだら」と先延ばしにされていました。
先輩の胸の前には、閉じた黒い台紙ファイル。今朝、先輩がA3サイズに印刷していた写真を、私は見ていました。
それは去年の春、私が駅前で撮影した、満開のつつじの写真でした。
店の展示用サンプルとして撮影し、当時の撮影記録にも残していた一枚です。
「その写真は、私が……」
先輩は、この春に撮った写真だと言い切りました
先輩は声を落として、私にだけ言いました。
「この春に撮ったの。黙ってなさい。」
そして、何事もなかったように店主へ向き直ります。
「この町に来たのは、この春が初めて。」
さらに、朝5時から駅前で粘って撮影したのだと、自慢げに説明しました。
先輩は隣の市から車で通っていて、いつも店の裏口から出入りしています。
この町に来た初日には、駅を利用したことも、それまで町を訪れたこともないと話していました。
それなのに、私が去年撮った写真を、自分の作品として提出しようとしているのです。
8年いて町の一枚もないのかと言われ、何も返せません
先輩は、また声を落としました。
「あなたは、何を出すの?」
「8年いて、町の一枚もないの?」
私は言葉に詰まりました。
撮影に使ったメモリーカードはすでに上書きしており、先輩のフォルダに移されたデータも、先週保存し直された日付になっています。
ただ、去年の撮影記録をまとめたファイルは、店の奥に保管してあるはずです。
そこには撮影日や担当者、写真の縮小見本を残していました。
とはいえ、今この場で先輩の盗用を訴えても、すぐに証拠を示せるわけではありません。
店主が自ら招いたチーフを、いきなり嘘つき呼ばわりすることにも抵抗がありました。
エプロンのひもを握る手に、力が入るばかりでした。
額に入れておいて、と言われ
先輩は、閉じたままのファイルを私に差し出しました
店主は、まず先輩の写真を額に入れて見せてもらうことにしました。
「額に入れておいて。」
「それくらいは、下の者の仕事よ。」
先輩は、閉じたままのファイルを私に差し出しました。
私はファイルを受け取り、中の写真を取り出そうとしました。
写真の奥には、深緑の屋根の駅舎が写っていました
すると、先輩が慌てて声を上げました。
「まだ、ファイルから出さないで!」
しかし、店主に見せるためには、写真を取り出さなければなりません。私はファイルを開き、写真をそっと引き出しました。
手にした写真を、あらためて見直しました。
満開のつつじが続く駅前の通り。その奥には、深緑の三角屋根をした木造の駅舎が写っています。
その瞬間、私は大事なことを思い出しました。
空になったファイルを作業台に置き、写真を胸の前に掲げます。
「去年の夏、駅舎は取り壊されました。」
駅舎が取り壊されたのは、去年の8月です。
現在は建物がなくなっているため、今年の春にこの景色を撮影することはできません。
少なくとも、先輩が説明した撮影時期とは明らかに食い違っています。
店主も写真をのぞき込み、駅舎に目を落として眉を寄せました。
一枚を見せてと言われ、先輩は空のファイルを見つめました
「前に下見に来て、撮ったんです!」
先輩は慌てた様子で言い返しました。
「この町は、この春が初めてのはずです。」
私がそう答えると、先輩は口をつぐみました。
ただ、駅舎が写っているという事実だけでは、誰が撮影した写真なのかまでは証明できません。
そこで私は店主に事情を説明し、店の奥に保管していた去年の撮影記録ファイルを持ってきました。
その中には、撮影日と担当者が記された記録用紙があり、問題の写真と同じ構図の縮小見本も貼られていました。担当者の欄には、私の名前が記されています。
店主は記録用紙と先輩の写真を見比べ、同じ作品であることを確認しました。
そして写真から顔を上げると、この一枚は撮影した本人の名前で預かると私に伝えました。
さらに先輩には、自分で撮影した別の一枚を見せるよう求めました。
しかし、先輩はその場で自分の作品を提示できませんでした。
先輩の目は、作業台の上の空の黒いファイルに落ちたままです。言い返す言葉は、ひとつも出てきませんでした。
結局、私の写真は撮影者の記録とともに返され、店頭に飾る候補として改めて預かってもらえることになりました。
先輩が勝手に移したデータについても、店主の立ち会いのもとで元のフォルダに戻してもらいました。
自分が撮った一枚を、ようやく自分の作品として扱ってもらえたことに、私はほっとしました。
※本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














