「ちょっと借りていくね」と言いながら家から何でも持ってく親戚。だが、親戚が見せた本性に背筋が凍ったワケ
玄関を開けると
実家のチャイムが鳴る音には、不思議な合図のようなものがありました。
父方の遠縁にあたる70代の女性が来訪する日は、決まって母の朝の支度がいつもより慌ただしくなります。
「お昼、作ってもらえる?」
挨拶よりも先に飛んでくるその一言を、母は嫌な顔ひとつ見せず受け止めてきました。
シングルマザーとして息子を育て上げた苦労人。
実家寄りの関係を保ちたい、という父の意向もあって、母はずっと笑顔で迎えていたのです。
けれど私は、横目で見ているたびに、胃のあたりに小さな澱が溜まっていくのを感じていました。
裏庭で柿が実った年は、一袋お渡しすれば満足するはずが、その手は次々と空いている紙袋を探し始めます。
気がつくと、三袋、四袋と柿が積み上がっているのです。
他にも、家で使ってる小物などで良いのがあれば
「ちょっと借りていくね」
その一言で、彼女の大きなトートバッグに、するりと吸い込まれていきます。
湯呑みを置いた母の手が止まった、その瞬間
両親が高齢になり、足腰が以前のようには動かなくなったある日。
その日も彼女は手ぶらで実家にやってきて、いつもの席にどっかりと腰を下ろしました。
お茶を一口飲んで、軽く息を整えてから、彼女が切り出した話は、これまでとは比べものにならない重さでした。
「実家を息子に譲ってもらえんかね」
湯呑みを持ち上げかけた母の手が、空中でぴたりと止まったといいます。
父の代から続いてきた家を、無償で。
そう淡々と語る彼女の声に、これまで重ねてきた「ちょっと借りていくね」の延長線がはっきりと見えました。
(柿一袋から、ついに家一軒になったのか)
その日以来、彼女は毎週のように実家に通ってきました。承諾を引き出そうとする訪問のたびに、両親はやんわり、けれどしっかり首を横に振り続けたそうです。
最終的に父は、私がシングルで実家を継ぐ立場であることを理由に、きっぱり断ったと聞きました。
息子さん本人からの謝罪も、頭下げの一言も、最後まで届きませんでした。
母親に頼みに行かせて、自分は表に出てこない。その構図に気づいたとき、私はうなじの後ろを冷たい指でなぞられたような心地がしたのです。
「今度、ぼた餅作ってまた来るね」
そう言い残して帰った日を最後に、彼女の姿は実家から半年以上消えました。
腰を痛めて出歩けなくなったと、風の便りに聞きます。
あの日々のチャイム音だけが、いまも私の耳の奥に残っているのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














