tend Editorial Team

2026.05.21(Thu)

「うるさいな」と思ったのに言い出せなかった→音漏れを聞き流した乗客たちと私の胸に残る葛藤

「うるさいな」と思ったのに言い出せなかった→音漏れを聞き流した乗客たちと私の胸に残る葛藤

静かな車内に滲む高音

朝の通勤ラッシュが落ち着きはじめた時間帯、電車はほどよく混んでいた。

窓際の席に座り、外の景色を見ながら目的地を待っていると、すぐ横に座った乗客がイヤホンを耳に差し込んだ。

発車して二駅ほどで、音が漏れ始めた。

「チチチ」という高音のビートが、静かな車内に広がっていく。スマートフォンの画面を見ていた指が止まった。思わず首を上げると、横の乗客が曲を替えた様子で、今度はテンポの速いリズムが滲み出してきた。

(うるさいな)

思わず眉をひそめた。

しかし口には出せなかった。

横目でほかの乗客を窺うと、向かいの席の女性が視線を落とし、斜め前の男性が小さく首を動かした。

誰もが音に気づいているのに、誰も動かない。その沈黙が、声をかけることをさらに難しくさせていた。

車内の空気が言葉を封じ込めた

「少し音を下げていただけますか」

その一言が、どれだけ難しいことか。相手が不機嫌になるかもしれない。

場の空気が険悪になるかもしれない。そう考えれば考えるほど、喉の奥に言葉がつかえたままになった。

「うるさいな」

心の中でそう思いながら、視線をスマートフォンの画面に落とした。まわりの乗客も同じだった。誰かが声をかければ変わるはずなのに、その誰かになることを、みんなが避けていた。

電車はその後も駅を重ね、車内の顔ぶれが少しずつ入れ替わっていった。

それでも音は止まらなかった。

乗ってきたばかりの女性がすぐ気づいて眉をひそめ、周囲をひと渡り見回した。

それでも、誰も動かなかった。

自分も何もしていない。

そう思うと、もどかしさがじわじわとにじんできた。

一言でよかった。

でも言えなかった。

その事実が、乗客それぞれの胸のなかで静かに積もっていった。

終点の一駅前、音漏れの乗客はイヤホンを耳から外してポケットにしまい、何事もなかったように降りていった。

注意すれば解決したかもしれない。でも言えなかった。

その事実だけが、駅を出てからもしばらく胸に残り続けた。

※tendが独自に実施したアンケートで集めた、60代以上・男性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

RANKING

OTHER ARTICLES

NEW 2026.10.05(Mon)

「えー、かわいい!これ着る!」買い物に失敗したと思った母。数年後、娘を見て笑った理由
tend Editorial Team

NEW 2026.10.05(Mon)

「昨日のは、なんていう曲?」隣のお風呂の歌声を気にしていた私。だが、ママ友の一言で固まった理由
tend Editorial Team

NEW 2026.10.05(Mon)

「Mなら余裕だよ」とサイズ表を見なかった私。だが、届いたジャケットを長男が着て分かった勘違い
tend Editorial Team

RECOMMEND

2026.04.14(Tue)

資産1億円で45歳FIRE達成も1年で生活崩壊。酒に溺れ妻子が去った男性の誤算と、再就職を決意した切実すぎる理由とは
tend Editorial Team

2025.12.09(Tue)

「他人の子でしょ?」連れ子を差別する義母。だが、キレた夫の一言で義母と絶縁寸前に【短編小説】
tend Editorial Team

2026.01.21(Wed)

舛添要一氏「自分の高支持率だけで勝てるほど選挙は甘くない」と高市首相の衆院解散表明を批判→「結局は国民のための政治になる...
tend Editorial Team