「今年も言われてたよ」毎年わざわざ伝えてくる親戚。聞かされた私が感じた違和感とは
お盆になると親戚が集まる義実家
夫の実家では、お盆になると近くに住む親戚が集まり、みんなで食事をするのが恒例になっていました。
結婚したばかりのころの私は、まだ顔と名前が一致しない人も多く、毎年少し緊張しながらその席に参加していました。
「今年も暑いね」
「仕事は忙しい?」
そんな何気ない会話をしながら、私は空いた皿を下げたり、飲み物を運んだりして過ごします。
義実家の親戚は表向きにはみんな親切でした。私に向かって嫌なことを言う人もいません。だから最初の数年は、少し気疲れはするものの、特に問題のない集まりだと思っていました。
「今年も、あなたのこと言ってたよ」
ある年、親戚が帰り始めたあと、私は台所で食器を片づけていました。
すると、夫の親戚の女性が隣に立ち、何でもないことのように言ったのです。
「気にしなくていいけど、今年もあなたのこと、いろいろ言ってたよ」
私は思わず手を止めました。
「えっ、何をですか?」
そう尋ねると、女性は少し困ったように笑いました。
「まあ、細かいことよ。誰が言ったとかは気にしないほうがいいから」
それなら、なぜ私に知らせるのだろう。
何を言われたのかも、誰が言ったのかも分からない。ただ「自分について何か言われていた」という事実だけが残り、その日は帰宅してからも妙に気になってしまいました。
「気にしないで」と言いながら、毎年伝えてくる
驚いたのは、それが一度きりではなかったことです。
翌年のお盆にも、集まりが終わったころ、その女性は私のところへ来ました。
「今年も少し言われてたけど、気にしないでね」
またです。
「何か私が失礼なことをしたなら教えてください」
そう伝えてみても、返ってくるのは「大したことじゃないから」という言葉だけでした。
その後も何度か同じことが続きました。
私には親切に接してくれる人でしたし、悪意があって言っているようにも見えません。
それでも、「気にしなくていい」と前置きしながら、毎年わざわざ知らせてくることだけは理解できませんでした。
本当に気にしなくていい話なら、何も知らないままのほうがよかったのではないか。
今でもお盆が近づくと、楽しかった食事よりも、台所で聞かされたあの一言を思い出します。人づてに聞く曖昧な話ほど、どう受け止めればいいのか分からないものだと感じた出来事でした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた60代以上女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














