「まだ一緒に暮らしているの?」夫を亡くしたあとも義母の家で暮らし続けた女性。だが、義母が向き合った結果
「しばらくなら」と受け入れた同居でした
用事があって叔母の家を訪ねたとき、玄関から出てきたのは叔母ではありませんでした。
数年前に亡くなった、叔母の息子の妻でした。
「まだ一緒に暮らしているの?」
あとで叔母に尋ねると、少し困ったような顔でうなずきました。
息子が亡くなったあと、妻はすぐに住む場所を決められずにいたそうです。
仕事も落ち着かず、新しく部屋を借りる余裕もなかったため、叔母は「しばらくここにいていい」と伝えました。
長年家族として付き合ってきた相手です。夫を亡くした直後に出ていってほしいとは、叔母も言えなかったのでしょう。
それ自体について、叔母は責めるつもりはなかったそうです。
ただ、気になっていたことがありました。
「住む場所が決まるまでって話だったんだけどね」
半年が過ぎ、1年が過ぎても、妻は叔母の家で暮らし続けました。
食事は別々になりましたが、玄関も台所もお風呂も同じです。光熱費や生活費について、きちんと話し合ったこともありませんでした。
叔母が何度か「これからどうするの」と尋ねても、返ってくるのは同じ言葉だったそうです。
「まだ引っ越せる余裕がなくて」
事情があることは分かります。
しかし、期限も負担も決めないままでは、叔母だけが我慢を続けることになります。
「住むなと言いたいわけじゃないの」
ある日、叔母はようやく妻と向き合って話をしました。
「今すぐ出ていってほしいと言いたいわけじゃないの」
そう前置きしてから、生活費のことと、今後いつ頃までに住まいを探すつもりなのかを聞いたそうです。
妻は最初、少し驚いた顔をしました。
どうやら叔母が何も言わないため、この暮らしを続けても問題ないと思っていたようでした。
叔母は続けました。
「困っていたから一緒に住んでもらった。でも、何も決めないままこの先もずっと、というのは違うと思うの」
それを聞いて、妻もようやく「甘えていたかもしれません」と答えたそうです。
すぐに引っ越しが決まったわけではありません。
それでも翌月からは毎月一定額を生活費として入れ、仕事の状況を見ながら部屋を探すことになりました。
叔母はその話をしたあと、少しだけ表情が明るくなっていました。
家族だった相手だからこそ、困っているときには助けたい。
けれど、助けることと、何も言わずに負担を抱え続けることは同じではありません。
「もっと早く話せばよかったのかもしれないね」
叔母のその言葉を聞きながら、近い関係ほど、最初に線引きをしておくことが大切なのだと感じました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














