「これ、うちのことかな」子どもの時に遊びに行った祖母の家。だが、ポストに入っていた新聞の切り抜きとは
毎週のように、祖母の家へ集まっていた
僕が子どもの頃、母と母の妹は、それぞれ子どもを連れて毎週のように祖母の家へ行っていました。
祖母が大きな鍋で晩ごはんを作ってくれて、僕らはいとこと畳の上で遊びます。夕食を食べてから帰るので、冬などは外がすっかり暗くなっていることもありました。
子どもだった僕にとっては、それが当たり前の週末でした。走り回って祖母に注意されたり、帰り際になって靴を探したり。
玄関では何人も一度に出入りするので、静かな家ではそれなりに音もしていたと思います。
ある日、祖母の家のポストに一枚の新聞の切り抜きが入っていました。
近所の生活音について書かれた読者投稿で、夜遅い時間の話し声や玄関の開け閉めが気になる、という内容でした。
差出人の名前も、手紙もありません。ただ、その切り抜きだけが入っていたのです。
祖母は、誰が入れたのかを聞かなかった
母たちは「これ、うちのことかな」と顔を見合わせました。
毎週人が集まっていて、帰るころには暗くなっている。わざわざ家のポストに入っていたことを考えれば、遠回しに何か伝えたい人がいたのだろう、と受け取るのが自然でした。
「誰だろうね」
母の妹がそう言うと、母も近所の家をいくつか思い浮かべているようでした。
そこへ祖母が来て、切り抜きを受け取りました。
眼鏡をかけ直し、一度読みます。少し間を置いてから、もう一度最初から読みました。
それから紙を畳み、静かに言いました。
「玄関の音がうるさかったのなら、次からは早めに帰りましょう」
母が「でも、誰が入れたんだろう」と言っても、祖母はそれ以上気にする様子を見せませんでした。
「気になった人がいたんでしょう。だったら、できることだけ気をつければいいよ」
集まることはやめず、帰る時間だけ変えた
その翌週も、僕らは祖母の家へ行きました。
何かを禁止されたわけではありません。ただ、夕食の時間が少し早くなり、母たちも暗くなる前から帰る支度を始めるようになりました。
僕ら子どもにも、玄関では走らないよう声がかかります。以前より少し静かに靴を履き、祖母に手を振って帰りました。
その後、同じような切り抜きが入ることはありませんでした。
結局、誰がポストに入れたのかは分からないままです。近所の人だったのか、それとも別の誰かだったのか、今となっては確かめようもありません。
祖母も、最後まで犯人探しのようなことはしませんでした。
祖母はもういませんし、あの家も残っていません。それでも僕は、あの日の「早めに帰りましょう」という言葉を覚えています。
誰が言ったのかを追いかけるより、相手が困っているらしいことだけ受け取り、自分たちにできる範囲で変える。子どもの頃には分かりませんでしたが、今思うと、祖母らしい静かな対応だったと思います。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














