「手伝いには一度も来なかったんだよな」義父の葬儀当日。葬儀まで姿を見せなかった義兄の姿に感じた違和感
葬儀までの数日、義兄夫婦は来なかった
義父が亡くなったとき、夫と私は葬儀までの準備で慌ただしく動いていました。
式場との打ち合わせをしたり、必要なものを確認したり、親戚からの連絡に対応したり。
式場の方が進めてくださることも多かったのですが、それでも細かな確認は次々に出てきます。
義兄夫婦にも連絡はしていました。
ただ、仕事などの都合もあったのだと思いますが、葬儀までの間に手伝いに来ることはありませんでした。
夫も特に何も言わなかったので、私も「それぞれ事情があるのだろう」と考えるようにしていました。
そして葬儀当日。式場の入口で、私たちは係の方に案内された場所へ並びました。
「ご家族はこちらへお願いします」
私は夫の後ろに立ち、参列される方を迎える準備をしていました。
当然のように前へ出た義兄
そこへ義兄夫婦と息子さんがやってきました。
義兄は列を見ると迷うことなく夫の近くへ入り、参列者が来ると頭を下げ始めました。
「本日はありがとうございます」
もちろん、義父は義兄にとって実の父親です。
家族としてそこに立つこと自体は、何もおかしくありません。
それでも私は、少しだけ引っかかっていました。
葬儀までの準備には一度も来なかったのに、当日になると最初からそこにいたように振る舞えるんだなと。
受付の近くでは、義兄から「清めの塩はないの?」と聞かれました。
「分からないので、係の方に聞いてみますね」
私はそう答えました。
そのくらい自分で聞いてくれればいいのに、と一瞬思いましたが、口にはしませんでした。夫も何も言いません。
義兄に悪気があったとは思いません。
自分は故人の息子なのだから、当日は家族として前に立つ。
それだけのことだったのでしょう。
だからこそ、私も責める言葉を見つけられませんでした。
葬儀が終わって式場を出たとき、ようやく張り詰めていた気持ちが少し緩みました。
そのとき私は、心の中で「手伝いには一度も来なかったんだよな」と思いました。
義兄が家族であることに疑問があるわけではありません。ただ、家族なら、当日だけではなく準備のときにも少し一緒に動いてほしかった。
それが私の本当の気持ちだったのだと思います。
今も法事で会えば普通に話します。あの日のことを義兄に伝えたこともありません。
それでも葬儀のことを思い出すと、当日の並び順より、その前の数日間に誰がそこにいたのかを思い出してしまいます。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














